進化の実を挙げ得たことを否むわけには行かない。
 ラシイヌによつて始められた心理解剖劇の伝統が、ポルト・リシュに至つて近代的色彩を与へられたとすれば、モリエールが開拓した伝統の一面、ヂナミスム(動性)を基調とする諷刺的喜劇の流れは、ジョルジュ・クウルトリイヌによつて、近代的ファルスの典型を示した。
 クウルトリイヌも亦、自由劇場に於て、その傑作『ブウブウロシュ』を発表した作家である。
 彼の作品は、多くは所謂「劇的スケッチ」とも称すべきもので、深刻な人生批評とまでは行かないが、犀利にして、軽妙な、性格描写の筆によつて、社会の戯画的諷刺に成功してゐる。
 彼はモリエールの如く、性格的「型《タイプ》」を創造することはできなかつたが、現代社会を形造る階級的乃至職業的「型《タイプ》」を捉へて、微細な観察を下し、これを特殊な「境遇《シチュエション》」の中に投げ込んで、一種のグロテスクな、同時に涙ぐましい笑ひを引き出す手腕をもつてゐる。
 彼は、仏蘭西人特有の凡ゆる感情のニュアンス、巴里生活の凡ゆる機微な問題を、そのゴオル人らしき機智《エスプリ》と|寛大さ《ジエネロジテ》を以て傍観し、いくらかのペ
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