劇場を脱退して、自作『ハムレットの結婚』をオデオン座で上演した。間もなく『予のために予は余りに偉大なり』は、コメディー・フランセエズの舞台にかけられ、新進作家として稀有の待遇を受けた。一作ごとに露はになりつゝある作者の驕慢な主観が、芸術家としての、彼の前途を気遣はせはするが、それが若し、若き天才の自己陶酔であるとすれば、むしろ、将来の成熟を刮目して待つべきであらう。
 ヴィユウ・コロンビエ座は、戦後事業の基礎を確立して、着々、理想の実現に向つて進んだが、その間に、幾人かの新作家を紹介した。そのうちで、特に注目すべきはシャルル・ヴィルドラックであらう。彼は中年を越えた詩人である。そして、その劇作は、最も正しき意味に於ける自然主義的作品である。『郵船テナシチイ号』『巡礼』『欠けた人間』『ミシェル・オークレエル』これらの作を通じて見たるヴィルドラックは、その厳密な写実的手法を裏附けるに、かの詩人のみが善く為し得るところの「魂の直感」を以てした。かすかにその片鱗を見せてゐる左傾的な批評精神は、つゝましい愛によつて潤ひ、何人の心をも和げずには措かない。彼は、最も真面目な意味に於ける最も真面目な作
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