ル』を残して早逝したが、その模倣者らは遂に「明日の演劇」を指向する力を恵まれてゐなかつた。
此の間に、黙々として、極めてつゝましき小喜劇『人参色の毛』を書き上げ、「これで、芝居になつてゐるだらうか」とアントワアヌをその事務室に訪れた中年の作家がある。それはゴンクウル、ドオデなどを友とする、時の名小説家ジュウル・ルナアルであつた。
此の傑作は、可なりの注目を惹いた。が、誰も大きな声をして叫ばなかつた。
『人参色の毛』は、他の二作『別れも愉し』『日々の麺麭』の上演後、はじめて舞台にかけられた。彼はなほ、『ヴェルネ氏』『田舎の一週間』『偏屈な女』の諸作を残して劇作家としての仕事を終つてゐる。
彼の劇作だけを通して、芸術家としての彼を知り尽すことはできないかも知れない。
彼は、聡明な厭世家である。そして、沈黙の詩人である。その写実的手法は、古典的の単素さと、主智的浪漫主義の洒脱さとでほどよく着色され、簡潔な暗示によつて、繊細な心理的|陰影《ニュアンス》を捉へながら、自然に流露する微笑ましい機智を透して、しめやかな詩的感動を与へるのである。
彼の対話には特殊な韻律がある。その韻律は、戯
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