と対立して、ブウルヴァアルの舞台に活動してゐた人気作者である。猶太人特有の粘り強さが劇の構成に不可思議な牽引力を与へ、詩と感興《ファンテジイ》とを離れて、急転する事件そのものゝ渦中に観客の魂を引き摺り込む。ヂレンマよりヂレンマへ、彼の戯曲は忠実な獄吏の如く、一時も心の声に耳を傾けない。そこに運命の暗示がある。希臘悲劇の美が潜んでゐると云へば云へよう。『突風』『盗人』『イスラエル』等の外、彼は最近、『氷宮』なる象徴的作品によつて新方面を開拓したと伝へられる。
 写実主義の手堅さに一脈の情味を湛へて、バルザック流の人物描写に成功したオクタアヴ・ミルボオは、『事業は事業』の一作によつて劇作家としての名を成した。
 劇評家として独自の地歩を占め、印象批評の輝やかしき筆を揮ひつゝあつたジュウル・ルメエトルは、『女弟子』『赦免』等の心理喜劇に、繊細な観察と潤ひある機智を盛り、「劇作にかけても人後に落ちない」器量を示したが、「あまりに洗練された趣味」が災ひをなして、「力」ある作品を創造することができなかった。

 まだ名を挙げられる作家は相当にあるが、この時代を代表するものとしては、先づこれくらゐにして置かう。たゞヴォードヴィルではあるが、『自由の重荷』『村で一人の盗賊』『英語を話せばこれくらゐ』などのユウモアに富む作品によつて、殊にその小説の極めて洒脱滑稽なる諷刺によつて、現代仏国文壇に於ける特殊な地位を占めてゐるトリスタン・ベルナアルの名を附け加へてもよからう。

     三、一九一〇年前後

 一九〇六年にポオル・クロオデルの『正午の分配』が発表せられ、同一〇年にはサン・ジョルジュ・ド・ブウエリエの『子供の謝肉祭』が上演され、一三年にはジュウル・ロマンの『都市占領軍』が舞台にかけられた。
 此の期間に於て、仏国劇の先駆的傾向は、正に著しい特色を示すに至つた。
 勿論、劇壇の本流は、なほ写実的心理劇の注目すべき作品を生みつゝあつた。たゞ当時の新進作家らは、多く、分析より綜合へ、客観より主観へ、局部より全体へ、外部から内部へ、故意より無意識へと表現の対象を求め、「物語る」かはりに、「指し示す」こと、「暴露する」かはりに、「感じさせる」ことを、最も好ましき表現手段として選ぶやうになつた。
 ポオル・クロオデルは、必ずしも、此の傾向を代表する作家ではない。彼は何よりも宗教的詩人である。彼の作品には「諷刺的神秘劇」の名が冠せられると同時に、また「象徴的社会劇」の名でこれを呼ぶことも許されるであらう。彼の魂は、加特力的信仰から生れる特殊的な理想に燃え、その体験には常人の窺ひうることが出来ない半面があるやうに思はれるが、最も傑れた詩人に賦与される調和と生気に満ちた想像力が、企まずして香り高き文体と相俟つて彼の作品に「偉大なる真理の閃き」を与へてゐる。
 反ブウルジュワジイの思想、正義と寛大の信念が、その作の根柢を成してゐるところに、社会劇的の主張が潜んでゐるにはゐるが、その人物の飽くまでも「人間らしき生き方」に於て、彼の戯曲は、驚くべき熱と力とを感じさせる。
 彼の劇作は、舞台的には、未だ満足な成功を示してはゐないが、彼が劇作家として本質的な天分を持つてゐることを疑ひ得ない以上、その作品の完全な演出は、未来の俳優を以てする未来の舞台を俟つより外はあるまい。彼は、今日まで既に前掲『正午の分配』の外、『マリイへの御告』『固き麺麭』『人質』等の名作を発表してゐる。『人質』の如きは、一九一三年オデオン座で上演された時、一般観衆にさへ大きな感動を与へ、連日満員の盛況を呈し、批評家をして意外の眼を見張らしめたと伝へられる。が、クロオデルは、自作の上演が、如何なる結果を生むかを知つてゐる。『正午の分配』は、まだ何処の舞台でも公演を許可しないことにしてゐる。
 クロオデルが、或る意味に於て、「明日の戯曲」を導く作家であるとすれば、エドモン・セエは、この時代に於ける最も聡明にして魅力に富む仏蘭西劇伝統の継承者であらう。
 エドモン・セエには、ポルト・リシュ程の鋭さはないが、ルメエトルの繊細さがあり、加ふるにルナアルの確かさがある。
 彼は『羊』『麺麭のかけら』『若き日の友』等を発表して、近代人の心理を描くことに成功した。そして、その自然主義的手法は、洗練された趣味と気品に富む文体によつて、古典的な完成味を示した。殊に、その傑作たる性格喜劇『うつけ者』に於て、最も自由にその才能を発揮した。彼は、早くも劇作の筆を絶つて、専ら劇評に力を注いだが、最近また『秘密を託された女』を発表し、作家としての復活を企図した。然し、そこには、もう昔日の魅力を偲ばせる何ものもないやうである。
 一九一〇年、第三次美術座を起して、舞台装飾に新機軸を示さうとしたルウシェは、先づサン・ジョルジ
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