して検閲官は、この戯曲中眼ざわりの個所を指摘して、訂正を求めなかつたのでせう。
それは、諸君、本員をして云はしむれば、検閲官が此の如くする時は、問題の解決があまりに容易だからであります。
上演に先ち、ゴンクウル氏は新聞記者の問に答へ、この戯曲は最も純潔なる文字を以て綴られたものであると述べてをります……。
デイオニ・オルヂネエル君――ところが、主題はさうでない。
ミルラン君――諸君、ゴンクウル氏の言は親がその子について語るやうなもので、信ずるに足らないと云はれるならば、(微笑)不肖本員がこの戯曲の保証人となつてもよろしい。本員は総稽古の当日実際に舞台を観、なほ上演禁止の発令と同時に再三、問題となるべき第一幕を読み返して見たのであります。そして、若し本員が検閲官であるとすれば、作者に修正を希望するであらうと思はれる個所を、四ヶ所だけを発見したのであります。只今から、この議場に於いて、その個所を読み上げてみようと思ひます。勿論、傍聴禁止を求める必要はありません。
この四ヶ所だけは、検閲官が作者に修正を求める権利があると思ひます。ただそれだけであります。文部大臣は、若しそれ以外の個所について御意見があれば、この議場に於いてそれを指摘されたい。
御心配は無用である。若し朗読する個所が穏かでないとお思ひになつたら、議長、どうか御注意を願ひます。
ルグラン君――議会の検閲が不法だと云ふんでせう。(笑声起る)
ミルラン君――作中の一人物、プウレットが、その朋輩の女エリザに向つてかう云ひます。「こいつあ、をかしいや……」なるほど、かういふ言葉は、わがアカデミイでは使ひません。が、われわれは、やはり、アカデミイの会員ではないのであります。(笑声)「こいつあ、をかしいや。お前がそんなだつてこた、夢にも知らなかつたね、だれかにのぼせちまうなんてさ……。だつて、今まで、お前のつていふのが一人でもゐたかい……。男だらうが女だらうが、お前にうんて云はせたものは、一人だつてゐやしない……。あたしやお前つて女は、さういふ風にできてないんだと思つてたよ……。ところが、さては、味を覚えたね……」ここが、問題にすればできる一ヶ所であります。(議場騒然)
どうです。本員は諸君と同様厳正ではありませんか。
第二の個所、同じ人物の白《せりふ》であります。「ちえツ、およしつたら、くだらない理窟は……どうせ女ぢやないか、あたしたちは……。それに、人様の御厄介になつてやしないんだからね。人殺しをした覚えもなけれや、泥棒したことだつてありやしない。お前の云ふことを聴いてると、まるで、あたしたちは罪人ぢやないか……。ああして、家のなかで働くのが……」(議場騒然)
左翼の一議員――傍聴禁止を求めます。
ミルラン君――諸君、つまり、本員も、ここを削除すべきだと思ふのであります。然るに検閲官はそれをしなかつた。「世間にいくらだつてゐる、あの亭主持ちの女と、一体どう違ふんだい……亭主を持ちながら、それが不足でいろんなことをする女とさ、……」それから、最後の一ヶ所は、プウレットが、「見ておやりよ、この色気狂ひをさ……」と云ふと、エリザが「あらさうぢやないんだよ……。だつて、もう十五日も家ん中ばかりに引つ込んでたんだもの……。たまに一日ぐらゐ、檻の外で暮したいよ……いい天気だね……ぶらぶら歩いて見たいね」すると、プウレットが「云つとくけど、うつかり、つかまつたまま眠つちまつちや駄目だよ……お神さんは、日曜ときちや、それこそ手におへないんだからね……時間に間に合ふやうに帰つといでよ……」(議場また騒然)
以上の四ヶ所を削除すれば……。
左翼の一議員――全部削除し給へ。その方がましだ。
オルヂネエル君――汚らはしい、実に汚らはしい。
ミルラン君――つまり、検閲官は、これだけの個所を修正した上、上演を許すことができたのであります。それに、何等の注意も与へないで、いきなり上演を禁止するといふことは今日までその例がないのであります。
……戯曲の他の部分については、本員は、全然上演禁止の理由を認めません。事件の行はれる場所については……。
ノエル・パルフエ君――テエマがよくないんだ。
中央の一議員――あたま[#「あたま」に傍点]もよくない。(笑声起る)
ミルラン君――テエマですか。そのことは後で述べます。
……次に人物についてであります。なるほど、人物は何れも娼婦であります。然しながら、文部大臣は、観衆たる善良な労働婦人が、これを見て嫌悪と羞恥の情を感じるよりも、富裕な、気楽な、贅沢な妾の生活を、嫉妬と羨望を以て見る方が一層危険で、且つ不道徳であるとは思はれませんか。(左翼より拍手起る。中央及び右翼これを遮らんとす)
或は事件そのものが、良くないと云はれるので
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