て、政府当面の責任者文部省芸術局長ラルウメ君こそは、劇文学者として、巴里大学講師として、更に劇評家として、「演劇史及び演劇批評の研究」「モリエエルの喜劇」「マリヴォオの生涯と作品」等の名著を公にした人である。
 さて、議長は誰であつたか、これがわからぬのは甚だ遺憾であるが、手許には速記録の抜萃だけしかないので、致し方がない。これから、その記録を読みながら、討議の大要と議場の空気とを写すことに努めてみよう。
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 ミルラン君(登壇)――諸君、今回、検閲官はジャン・アジュルベエル氏がエドモン・ゴンクウル氏の作を脚色したる「娼婦エリザ」の上演を禁止しました。
 この事件に関し本員は、既に世上の問題となりたる禁止不法の批難を、ここで繰り返さうとするものではありません……本員はただ検閲官が、その職権を行使するに当つて、果して十分なる配慮と機宜を得たる処置を取られたかどうかといふ点について、一般の注意を喚起したいと思ふのであります。
 聞くところによれば、「娼婦エリザ」の禁止は、先に上院に於ける予算案討議の結果が、ここに及んだのだといふことであります。上院右翼党の一員アルガン君が文部芸術局長に向つて発せられたやや激越な質問は、本員の個人的印象によれば、少からずかの政府高官を悩ましたらしく思はれます。(微笑)……然しながら、年額五百法の補助金は自由劇場の監督を便ならしめ、今日「娼婦エリザ」の上演を禁止する結果を生んだものとすれば、この小額の支出は必ずしも無益でなかつたと云はなければなりません。
 諸君、本員はこの仮定から遠ざかります。そして、単にこの戯曲がいかなる動機によつて、上演禁止の厄に遭つたかを研究し、その真相を探知したいと思ひます。即ち、禁止の理由は左の二点以外にはない――作者が作中に於いて支持しようとした思想、及び、その思想を包んでをる形式。
 先づ、その形式でないことは、次の二つの理由によつて明かであります。
 第一は検閲官が作者に対し、何等修正削除を求めなかつたことであります。……
 嘗て、ロクロワ氏が文部大臣在職当時、同じゴンクウル氏の「ジェルミニイ・ラツセルトゥウ」をオデオン座で、上演した際、検閲官は作者にある部分の修正を希望し、作者はこれを快諾した事実もあります。これが検閲官の最も単純な、そして第一に尽すべき義務なのであります。
 ……どう
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