仏国議会に於ける脚本検閲問題
――ゴンクウルの『娼婦エリザ』――
岸田國士

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)白《せりふ》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)あたま[#「あたま」に傍点]
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 一八九〇年十二月二十二日、仏国上院に於ける予算質問中、議員アルガン君は、政府が民間の一小劇場に対して、年額五百法の補助を与へ、同劇場を推奨する意図を表示したことを攻撃した。
 その劇場は即ち自由劇場であり、攻撃の理由は、同劇場の上演脚本が、屡々風紀を紊すものであるといふのである。
 これに対して、時の文部省芸術局長ラルウメ君は、極力自由劇場の功績を賞揚し、一二脚本の選択を誤つたとしても、それは当局の信頼を傷けるものではない――殊に、補助金といふも、実は座席の予約にすぎず、監督官を派遣してその都度報告を得るために、必要な処置を取つたまでであると弁疏これ努めたが、アルガン君、いつかな聴き入れず、遂に最近問題になつた脚本の筋を述べて、盛に右党の老人連を憤慨させた。ラングル・ド・ボオマノワアルといふ侯爵議員は、「監督は巡査で沢山だ」と叫ぶなど、なかなかの騒ぎ。文部大臣も遂に見兼ねて、演壇に立ち、「アルガン君は、若い劇作家が、自由劇場によつてのみ、その才能を世に問ふことができるといふ事実に、お気付きないか」と食つてかかる。左翼の議席から拍手が起る。「もちろん、なかには良くないものもある」と云ふと、アルガン君すかさず、「皆良くない」とやり返す。大臣は「皆ではありません。しかも、今日まで上演した脚本の中には、なかなか注目に値するものが多いのであります……」そして遂に、「若し、諸君が、本案を否決されるやうなことがあれば、わが劇芸術のため由々しき大事であることを警告したいと思ひます」と見得を切り、遂に投票採決の結果、原案は無事通過。
          ★
 越えて、翌年の一月二十四日、自由劇場はまたもや、今度は、下院の議場を賑はした。即ち、議員ミルラン君が文部大臣に宛ててなしたる質問演説から始まる。
 ミルラン君は当時売り出しの少壮弁護士、最近まで仏国共和国大統領の椅子に在つた現代有数の政治家であることは、読者も既に御承知のことであらうと思ふ。
 時の文部大臣は、これも最近まで上院議長の職にあつたレオン・ブウルジュワ君である。そし
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