あなたも、いくらか懸念をおもちにはなりませんでしたか」といふ問ひに対して、「さうですね、文句なしに通ると思ひませんでした。禁止されたと聞いて、さほど驚きもしませんでした」と云ひ、「この作品が社会問題を取扱ひ、政府の施設を攻撃したといふ点、ああいふ女の生活を如実に描いてあるといふ点、それは禁止の表面の理由であらうが、それよりも、当局と、脚色者アジャルベエルとの間に個人的の感情問題があるのです」
諸君、この一項は、ゴンクウル氏の誤解であることを信じて頂きたい。
ミルラン君――本員はその点には触れませんでした。
文部大臣――ミルラン君は触れられなかつた。ただ序だから申すのであります。
なほ、「娼婦エリザ」は、ゴンクウル氏が主として云はれる如く、また、ミルラン君が繰り返された如く、決して、社会問題乃至政治問題を取扱つたがために、禁止されたのではないことを明言します。
わが尊敬するゴンクウル氏は、仏国共和国政府の諸君が、いかなる感情の下に、その職務に当つてをるかを御存知ないとみえる。この種の問題の研究に対して、不断の注意と、最も熱烈な同情を向けることはわれわれ当局の名誉であり、且つ義務であります。ただ、その研究の態度如何、発表の形式如何が考慮の対象となるのであります。
本大臣は極めて困難な立場にあります。一方、劇場に於ける「娼婦エリザ」の上演を禁止しながら、いま、この議場に於いて、その内容を公開しようとしてをるのであります。
リヴェ君――ここは劇場ではない。
文部大臣――……そこで、先程、ミルラン君が希望された如く、本大臣も、万一、口にすべからざることを口にした際は、議長に於いて、宜しく制止の労を取られんことを希望します。(私語するものもあり)
先づ、最初に、「娼婦エリザ」の梗概を簡単に申上げます。(議場騒然)
議長――文部大臣の演説を聴かれないつもりですか。(笑声)
文部大臣――簡単に筋を申します、エリザは朋輩の女三人と一緒に家を出ます。日曜日であります。ブウロオニュの森の一隅に、訪れる人もない墓地がある。そこへ散歩に出かけるのであります。そのうちの一人、即ちエリザは、自分のところに通つて来る客のうち、一人の若い兵卒に特別に心を惹かれてゐる。朋輩の女共はこの恋愛について、彼女をひやかしなどする。そこへ、例の兵卒がやつて来る。エリザと二人きりになる。初め
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