どころ成り、どんなことがあつても負けぬといふ信仰があり、殊に今まで負けたことがないからである。
 ところが、今度の事変では、国民に対する政府の警告が、しばしば発せられる。杞憂と思はれることもあるが、尤もと感ぜられる節も多々ある。理由さへわかれば、国民は納得する。理由の説明が足らぬ場合は、国民も半信半疑である。これ以上説明ができぬといふなら、強いて訊かうとは誰も思はぬが、その代り、国民の間にのみ通じるところの、血の温かさを常に言葉のなかに含めてほしい。
 国民の一人として、私の政府への希望は、たゞこれだけである。しかしながら、私のひそかに思ふことは、国民をしてかゝる不満を抱かしめる原因と、当局が口を酸くして云はねば国民が自ら覚るところがなささうだといふことの原因との間に、実は、共通の現代風俗がみられるのである。

       二

 長期事変に処して国民全体の日常履み行ふべき道は政府の指示督励を俟つまでもなく、国民の常識として当然、知り、かつ守らねばならぬことであるが、それができぬといふところには、たしかにある弱点がひそんでゐるとみて差支ない。もちろん、国民の大多数は聖人でも君子でもな
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