勝ちであつた。このニュアンスは、伊志井君によつて、ある程度まで捕へられたといつていい。勿論、伊志井君の前途は遼遠である。しかも、誰か、今度の舞台を見て、この青年俳優の前途に大なる期待をかけないものがあらう。
日本によい喜劇が現れるのも遠いことではあるまい。
かう、少しふんぞり返つて物をいふ癖は、何時になつたらなほるだらう、などゝ考へて、重たい空の色を眺めると、私は、早く東京を離れたい。七月に鶯がなき、八月に芝の穂が出揃ふ沓掛の高原は、私を待つてくれてゐる。私はそこで、「自分の仕事」をしよう。
私は久々でマアテルリンクとポルト・リシュを読んだ。マアテルリンクの『めくら』は、翻訳をするつもりで読んだのだが、どうもつまらない。こんな筈はないのだが、と思つて、また読み返して見たが、途中でどうにもやりきれなくなる。何時かフランスの批評家で、マアテルリンクをこつぴどくやつゝけてゐる男がゐたが、これを見た時、生意気な奴だ、これが解らんのか、と思つて、自ら天才を識り得るの明を誇りとしたことがあつた。今から思へば、その男、案外話せる男かも解らない。その中に、『タンタヂルの死』か何かを読み直して
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