人間ならば、自意識がないということはないのです。自意識が全くないというのはどういう人間でしょうか。まず動物に近い阿呆です。これはじっさい自意識がない。自分が何をやっているのかまるで知らないような状態です。よくまあ平気であんな恥しいことができる、というが、それは自意識の欠乏しているということを云い現わしています。
ところが自意識の普通のあり方というのは、自分がこうしているのだということを絶えず頭の中で考え、そうしてそれを批判し、自分の心に手綱を附けてこれを御して行くことです。自分が何か拙いことをいおうとすると、手綱を控える。故なく躊躇すると、手綱をゆるめて自分を前に出す。自意識が過剰だとその手綱をいつでも引締めている。皆さんは人が馬に乗って居るのをよく御覧になるでしょう。或は自分で馬に乗る方もあるかも知れないが、馬は首をうしろへ引いて口からあぶくを出す。ぐっと手綱を引締められているからです。ああいう状態に人間の心があるのが、自意識過剰の状態です。
この自意識過剰の状態が、ある場合には羞みとなり、また、てれるということになる。しかし、羞みとか、てれるとかいうことは、ある瞬間、自意識が過
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