うなものでも鍛えられます。俳優として、そういう補助的な直接の声の訓練も大事ですが、なんと云っても、声の質がより以上に問題であります。いかによく通る声でも、例えば、下品な、狂気じみた声では困るし、同じ美声の名に値しても、浪花節語りのような不自然な特殊な感情に訴える声では、それはあまり有難くないのです。ごく広い意味での生活が、一人の俳優を通して、その表情姿態、その言葉、その声の中に沁み出るということは、即ち俳優芸術の最も微妙な点で、これはどうしても現在の俳優について徹底的に論議しなければならない問題であります。
 ここでひとつ例をとれば、同じ年輩の二人の人を比べ、その人の声を聴いてみると、大体教養の程度の違いがわかる。教養という言葉がまたなかなか面倒な内容をもっていますけれども、これはただ本を読むとか、学問をするとか、そういうことだけではない。勿論本を読むということもその一つですけれども、ともかく自分を文化人として完成させるために、必要なものを身につける、その身につけたものをいうのです。古い言葉でいうと、それぞれの階級の嗜みです。だから、高い程度の学校を出ているとかいないとか、これは絶対な
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