ということが、結局どういうことになるかというと、一般の人間の渇望をいやすということです。即ち、一般の人間がそれによって自分の心に一つの楽しさを与えられ、自分の心を豊かにする、その糧となるということです。どの人間も、人間研究というものをそんなに十分にやっているものではない。自分が人間でありながら、一番わからないのが人間の姿であります。その人間の姿をいろいろな形で示すことが、それらの一般の人に心の糧を与えてやることになる。俳優はそういう意味での糧を一般の人に与えなければならない。
 こう考えてくると、俳優の天職というものは他の社会の何れの職業にも似ていない。同じ芸術の畑の中でも、他の芸術家とはまた非常に違ったところがあります。どこがいちばん違っているかというと、それはいうまでもなく、自分の肉体そのものを表現の具とすることです。唯一つ舞踊というものがこれに似ている。舞踊と演劇との違いはまたいずれいいます。この自分の肉体を以て表現するということで以て、次の問題になる俳優の素質ということになるのですが、しかし俳優の天職という問題でもう少しいいたいことがあります。

 これまでのところで、表面から
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