、恰も原始民族が宗教に求めているものと非常に相通ずるところがある。今日一般の信仰が衰えて芸術が神に変ったということはいい得ないが、古代に於ける宗教というものの精神と近代に於ける芸術というものの精神とは相通ずるものがある。近代に於ける芸術理論というものから、古代の人が宗教的祭典のなかに求めていた一つの集団としての喜び、悦楽、そういうものが今日どういう形で残っているかということを考えますと、古代の祭典のなかに生れた芸術というものが、今日その形を段々変えておりますが、芸術の精神ということに就いては少しも変っていない。そこで、嘗て古代の民族が神に祈った如く、今日の人間は心の中に秘めた一つの祈願というものを何によって満たしているか。勿論、お寺詣りをする人、或は教会に通う人といろいろあるでしょうが、しかし古代に於てはみられなかった「芸術」というものを自分の生活の一つのよりどころとする、云いかえると、精神的な慰安、精神的な糧とすることは、丁度古代の民族が神に祈って自分の心を慰め、自分の心に何か力を与えられようとしたことと実にその状態が一致しています。
今日では、この芸術の形態がまた昔と違ってきて、
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