一律に考えるところに、いろいろ妙な現象が起るのです。例えば、演出家の方からいうと、あの俳優は生意気だというようなこと、或は俳優の方からいうと、あの演出家はちっともこっちのやりたいことをさせてくれないというようなことなど、いろいろ妙ないきさつが起る。演出家と俳優との間には、いろいろな段階がある、いろいろな組合せがある、ということを考えないから、そういうことになるのです。これは実際舞台に立つ場合、或はカメラの前に立つ場合に、そのことを十分考えていなければ愉快な仕事ができません。
作者と俳優との関係についていいますと、俳優のことを西洋ではインタプレートという言葉を使っている。これは普通、通訳という意味に使うのですが、ここでは通訳ではない。作者のいおうとすることを代っていう役という意味です。そういう意味で俳優のことをインタプレートといいます。そうすると、これは作者の代弁者です。作者が自分の作品のなかで、ある人物を創り出す。するとその人物を、一人の俳優が、作者の思いのままに舞台の上で表現してくれる。この俳優と作者との関係というものは、実に密接な関係です。作者にとっては、俳優があって初めて自分の芸術が一般観衆の心に訴えられると同時に、俳優の方からいうと、優れた作者があって初めて自分の才能を引き出して貰えるのです。
昔から、一人の役者が、一人の優れた作者を得た為に一躍自分の名声を高めたという例が沢山あります。日本でも、割に近い例で、この間死んだ市川左団次が、岡本綺堂という作者がいた為に俳優としても非常ないい仕事をすることができました。日本では昔の芝居の因襲から、作者と俳優の関係が二通りに考えられている――即ち座附作者と座附作者でない作者とが考えられている。こういう例は日本以外にないのです。一方に、俳優がこういう役をやりたい、こういう役を書いてくれといえば、その命に従って書くというような作者と、もう一つは、作者が書いたものは俳優は全然自分の意見をそれに加えることができないで唯々諾々とやらねばならない、そういういかめしい作者と、二通りしかありませんけれども、作者というものは元来こんな風にどっちかに偏ったものではないのであって、俳優と作者とは実に演劇の上では一番密接な友達なのです。西洋では、自分のかいた作品を、自分の好きな尊敬する俳優にみせて、その俳優の意見をきいてその作品を修正し、舞台にかけるまでは二人で協力してやる例は度々なのです。今日の日本はそういう状態にまだなっていないようですが、これは作者の方もそういう風につとめなければならないと思う。
今度は同僚の場合です。同僚というものは非常に面倒なものです。同僚であり同時に競争相手です。相手があって初めて芝居ができるのであるけれども、しかし往々にして、相手の為に自分の芸というものが舞台の上で消されて了う。食うとか食われるとかいう言葉が俳優の間で使われるのはその為です。しかし、芸術的な協力というものは、他の部門では、例えば絵や彫刻の場合、或は音楽の作曲とか演奏とか、殊に文学の作品に於ける合作という場合には、二人の間に全く一致した見解と助け合う気持がなければ、できないのですけれども、俳優は往々にしてそうでなく、稽古の時には両方でちゃんと調子を合わせて稽古しながら、いざ舞台に上るというと、相手の芸をなるべく目立せないようにして、自分の芸をなるべく目立たすようにするというような、非常に陰険な卑劣なことが、因襲として今日まで行われているのです。常にそうではないけれども、そういうことが俳優の場合には度々行われる。これは日本ばかりでありません。西洋でもそういうことが度々あります。殊に日本の古い芝居の如きは、その中の主な役をとった役者が、最も舞台の中心になって見物の注意を集めなければならない必要上、必ずしも芸術的な効果という点ばかりでなく、その俳優が自分の権勢慾、名誉慾のために、他の役者を犠牲にするというようなことが、今日もなお行われているようです。これは決して芝居の本当のよさというものを見物にみせることにならないのです。こういうことが行われているということが、実際、俳優というものの社会的品位を非常に落しているのです。
同じ俳優同士でも、その中に先輩、同輩、後輩というものが自ら分れるわけです。先輩、同輩、後輩というものに対する、それぞれの誇りと嗜みというものは、先程いった職業人として表に持っているべき誇りと嗜みということから一歩も外にでない筈だと思います。先輩からはいろいろな指導も受けなければなりません。同僚からはいろいろな相談を受けなければなりません。後輩からはまた、いろいろな刺戟を受けなければなりません。よく俳優が舞台の経験を積めば積む程、或るものを失って行き、舞台の経験の全くない、或は浅い俳優が持っ
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