の俳優をふくむ一つの大きな共同作業である演劇全般にとっても、決して等閑視することのできないものなのです。なにしろ、俳優倫理という問題は、恐らく学問としての一つのちゃんとした形はとることができないでしょう。また、私が一年間講義をしても、それが纏るものとは考えていない。これはひとつ、是非皆さんと一緒にこの問題を考えて行きたいと思う。そこで、差当り私がここで受持つ時間を利用して、この俳優の倫理という問題を次のように分けて、みなさんにお話してみようと思います。
 先ず、いったい俳優とはどういうことをするものかという問題、俳優とはなんぞやということです。その次には俳優の天職、いいかえれば、俳優がおのずから与えられている所の使命です。第三には俳優の素質、これはいいかえると、どういう人間が俳優になるのに最も適しているか、また更に別の言葉でいいますと、俳優になる人間はどういう資格を具えていなければならないかということです。第四は俳優の才能、ここで素質と才能とはっきり区別しましたが、素質というのは、いわば、その俳優が俳優である前に既に人間として具えている一つの特質です。才能といいますと、その人が俳優になって、或は俳優を志して、そうして、その人の俳優という職業の修業過程に於て、即ち、俳優という職業の勉強をしながらそれを伸して行くところのその人の特色です。勉強によって、修業によってその人が身につけるところの一つの資格です。これが才能です。最後に人及び芸術家としての俳優の理想です。この五つの項目に分けてお話をしたいと思います。
 その前にちょっとお断りしておきますけれども、ここにおいでになる諸君をこうして見渡すと、年輩の上からいっても相当の違いがあるようだし、従って学校の程度なんかも随分違っているようです。それで、私の話は一体どこへ標準をおいて話をしたらいいかということを今日もみちみちいろいろ考えました。相当な年輩で上級の学校をでられた方を標準にして話せば、まだ若い中学校も終ってないという人には少しむずかしすぎる。又、その逆にするというと、これはまた程度の高い人には面白くない。それで非常に話がしにくいのですが、それは臨機応変に皆さんの顔色をみながら、なるべくみなさんの納得の行くように話をしていく、そういうことは余り巧くないのですが、そう努めるつもりです。
 ただ、解らないこと、或はいろいろ
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