ゐた。
 筒井莞爾君は、これが若し、演習でなく、ほんたうであつたらと思つた。
 遠く、飛行機の爆音が聞えた。
 重傷者の役は、これは訓練にははいらぬと、彼は、はじめて気がついた。
 さうでなくても、病弱の悩みは、筒井莞爾君の朝夕の悩みであつた。その悩みが、この訓練の担架の上にもあつた。
 雲ひとつない空の一角に、キラリと銀翼が光つた。蜻蛉のやうな三機編隊の、まつしぐらに帝都を襲ふすがたと見えた。
 筒井莞爾君は、右手を縮め、左手を差出し、肩に銃を当てゝ狙ふ真似をした。先頭の一機にぴたりと照準をつけた。そして、口の中で、ズドン、ズドンと敵機撃墜の「役目」を引受けた。筒井莞爾君の眼は怒りに燃えてゐた。

     遠足

「これで約束の時間に間に合ひますか」
「さあ、ちよつと怪しいな、もう少し急がう」
「地図つてやつはどうも当てにならん」
「地図の方でもさう云つてるよ。医者と地図とどう関係があるつて……」
「それにしても、この辺は人家がなさすぎますね」
「人家無きところ患者あるべき道理なし」
 めいめい思ひ思ひのいでたちながら、相当歩くことを覚悟で、××市を今朝発つて来た一行である。医者が
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