ん。こら、おれは酔つとるから云ふんぢやないぞ」
と、浦野今市君は、今度は、遠山三郎の首をはなして、正面に向き直つた。
細君が何か云はうとすると、それを強く手で制して、
「今夜は、なるほど御馳走になつた。おれが飲まんていふ酒を、貴公は言葉巧みにおれを瞞して、たうとう、好い気持にさせちめやがつた。いや、好い気持になつたのは、これや昔のおれだ。いゝか。今のおれは、貴公にわかるまいが、苦いもんで胸がいつぱいなんだ」
「ちよつと、あなた。もう好い加減になすつたら……。遠山さんがご迷惑ですわ」
「いや、いや」
と、遠山三郎は、頭に手をのせて、
「浦野はすつかり弱くなりましたな」
「余計なことを云ふな。弱いのはお前ぢやないか。人にばかり飲ませて、自分はなんだ。おれは、貴公が心からすゝめてくれる酒を断りかねた。いよいよこれが最後だと思つて、肚をきめて飲んだ。それがどうして悪い。友情は何ものにも代へ難いさ。だから、今度はおれの云ふことを聴け。酒をやめろ。理窟はいゝ。黙つて飲むな。さあ、おれに誓へ、おれの女房に誓へ。ハヽヽヽ明日から酒はアングロサクソンだと、あの冬空の星に誓へ……」
そこで、浦野今
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