み、われわれと共に教へを受け、日本人の心を心とし、日本の有難さを知り、再びアメリカへは帰らない、この土地のものになつてゐる筈だと思ひます。われわれは、一人のアメリカ人も、皇威にまつろはぬ限り、生かしては置きません。しかし、十年間、日本の学校にゐたアメリカ人形を、日本の味方にすることができなかつたとあつては、われわれの罪こそ、まさに死に値すると思ひます」
校長先生は眼をつぶつて考へてゐた。
アメリカ人形は、焼かれなかつた。
担架
防空訓練が始まつた。
筒井莞爾君は生来の病身で、会社勤めも早くから罷め、現在は、細君の稼ぎで生計を立てゝゐる有様である。細君は、それゆゑ、結婚後歯科医の免状を取つたほどの夫想ひであつた。
「ご近所ではあなたのことはみんな知つてらつしやるんだから、家にじつとしてらつしやい」
夫の古ズボンをどうやらモンペ風に直して、それをキリヽとバンドで締めたのが、女群長さんの健気ないでたちであつた。
「しかし、寝てるわけぢやないから、さうはいかんよ。監視係ぐらゐは勤まるだらう」
「いゝえ、また熱が出るから駄目……」
いつも同じことである。細君が、最後の患者に含嗽《うがひ》をさせ、手術着を脱いで出て行くと、その後から、きまつて、筒井莞爾君は、国民服に脚絆を巻いて、見学に出掛けて行く。
訓練はだん/\激しくなり、本格的になつて来た。女軍の奮闘は特に目覚しかつた。濡れ筵を盾にして燃えさかる焼夷弾に突進するお向ひの奥さんは、薄化粧の頬に決死の色をみせてゐた。
いよ/\、負傷者を救護所へ運ぶことになつた。急造の担架が用意され、腕つ節の強さうな二人が選ばれた。強さうなといつても、女は女である。腰を屈める形もまことに優美である。
負傷者が指名される段になつてみんなが今度は、尻ごみをした。手を放されたらおしまひといふ危険がある。
「僕ぢやどうです」
と、この時、筒井莞爾君は、意気揚々と名乗つて出た。
女たちは、互に顔を見合はせた。
「なんにもお役に立たないから、それくらゐのことでもさせて下さい」
彼はもう、担架の上に長々と寝そべつた。
一、二、三で、担架は宙に浮き、弾力ある繊手を背中に感じながら、筒井莞爾君の両眼は晴れた青空の下を滑つた。
街筋は、ものみなが動いてゐた。警防団の制服が右往左往し、ホースが水を吐き、屋根が揺れ、梢は踊つてゐた。
筒井莞爾君は、これが若し、演習でなく、ほんたうであつたらと思つた。
遠く、飛行機の爆音が聞えた。
重傷者の役は、これは訓練にははいらぬと、彼は、はじめて気がついた。
さうでなくても、病弱の悩みは、筒井莞爾君の朝夕の悩みであつた。その悩みが、この訓練の担架の上にもあつた。
雲ひとつない空の一角に、キラリと銀翼が光つた。蜻蛉のやうな三機編隊の、まつしぐらに帝都を襲ふすがたと見えた。
筒井莞爾君は、右手を縮め、左手を差出し、肩に銃を当てゝ狙ふ真似をした。先頭の一機にぴたりと照準をつけた。そして、口の中で、ズドン、ズドンと敵機撃墜の「役目」を引受けた。筒井莞爾君の眼は怒りに燃えてゐた。
遠足
「これで約束の時間に間に合ひますか」
「さあ、ちよつと怪しいな、もう少し急がう」
「地図つてやつはどうも当てにならん」
「地図の方でもさう云つてるよ。医者と地図とどう関係があるつて……」
「それにしても、この辺は人家がなさすぎますね」
「人家無きところ患者あるべき道理なし」
めいめい思ひ思ひのいでたちながら、相当歩くことを覚悟で、××市を今朝発つて来た一行である。医者が二人、新聞記者が一人、国民学校の先生が一人、それに若い女性一人、看護婦である。
峠へさしかゝつた。遥か彼方から同じ道を国民服の二人連れがこつちへ登つて来る。
「ご苦労さま。だいぶ暇どれましたよ」
「もう準備はいゝんですか」
「みんな集つとります」
迎への二人はこの村の訓導と青年団員である。この村は、無医村なのである。
国民学校の教室が診療室に充てられ、老若男女、凡そ病めるものすべてがそこに集つてゐた。
新聞記者のA君が、まづ挨拶をした。
「両先生を御紹介します。こちらが××病院副院長B博士、こちらが××県医師会評議員、眼科のC先生です。特にお断りしておきますが、両先生はもちろん、われわれは決して慈善行為をするつもりはないのであります。病気の治療ができない方が一人でもあるといふことは、お国のために非常に心配なことです。この村にはお医者がゐない、そこで、手のあいてゐる医者が代り代りに来て、患者をみてあげよう、それは医者として当り前なことだ、今度は自分たちが、日曜を利用してひとつ出かけよう、かういふ軽い気持で来られたのであります。しかしです。私はこの一行に加はつて、両先生をみなさんに
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