同時に、絶えず、自然の形式的模倣をはなれて、自然そのものの魂に直入し、客観の微をすてゝ象徴の裸形をつかむ時、はじめてそれは至芸と呼ばれるのです。いはゞ宗教味を帯びたとも云へるほどの厳粛さがそこにあります。
しかし、また一方、極めて卑近な庶民的芸術の宝玉が、さりげない顔で、市井の生活に織込まれてゐたといふことも、日本独得の現象であります。浮世絵の如きがその一例です。多くの工芸品がさうです。今日、「下手《げて》もの」と称せられる、嘗ては誰の家にでも転がつてゐた雑用器物の美的価値は、われわれの祖先が、如何に無意識に美しきものを愛し、如何に美しきものを平然と作ることに秀でてゐたかを証するものであります。
それはとにかくとして、日本文化の最も重要な特質は、前にも触れたやうに、民族固有の直観力と綜合性にあるのですが、これは単に、芸術、学問の上ばかりでなく、生活のいろいろな面にそれが現れてゐて、時代々々の色調を帯びながら、常に一貫した生活様式の独自な発展を促したのであります。
衣食住のいづれをとつてみても、まつたく世界に類のない形態と、その形態を裏づける観念とがあつて、われわれは、そのなかで成長し、それに応ずる習性を身につけ、それによつて心性の陶冶を受けつゝあるのであります。
いはゆる洋服、洋食、洋館のこれほど普及した今日に於てさへ、一方、和服は決して廃せられず、和食はむしろ常食であり、畳障子の家屋は住みよきものとされてゐます。
これはたゞ惰性がさうさせるばかりではありません。習慣と云つても、それは単なる過去への執著として軽視せらるべきものではないのです。
現代の要求からすれば、そこには幾多の不合理や不便があるでせう。しかし、それにも拘らず、それを知りつゝ、なほかつ、われわれは日本人なるが故に、純日本的な衣食住の様式に心惹かれるのであります。なぜなら、その様式には、日本人の直観力による生活理想の追求があり、同時に、その綜合性に基くあらゆる生活機能の統一融合が見られるからであります。
例へば、紋服の端然たる、浴衣がけのざつくばらんなる、子供の肩あげのあどけなき、白足袋の凜としたる、などを、洋服の場合にはどうにもしやうがないといふのが、日本人の底を割つた感情です。
また、住宅について云つてみても、床の間ひとつで保たれる中心の重みと安定、茶の間の代りに食堂があつても、それはあまりに「食ふ」だけのための部屋でありすぎる淋しさなど、日本人でなければわからぬ消息であります。
食事に至つては、ますますこの感が深い。第一に、食事といふものに対する日本人本来の考へ方が、西洋人のそれとは非常に違ふのです。キリスト教でも、食卓での神への祈りといふものはありますが、日本人には、日本人固有の食生活精神といふものがあつて、食前に「戴きます」と云ひ、食後に「御馳走さま」と云ふ挨拶は、決して、今行はれてゐるやうに、子供が親に、客が主人に向つてのみするのではなく、そこにはもつとひろい、この「食物」をわれに与へるもろもろの力、もろもろの恵みに対する深い感謝が籠められてゐる筈であります。
それにつれて、「食器」に対する考へ方も、まつたくほかの国々にはみられない厳粛で温かみのあふれたものです。茶碗と箸とは家族の一人一人がそれをめいめいの持ち物として、恰も身体の一部のやうに扱ふことも他に例がありません。そして食器の一つ一つは、形と云ひ、色彩と云ひ、それぞれの用途と、それを用ひる人の人柄に応じて変化を極め、やゝ改まつた食事の膳立をみれば、献立の配合の妙と共に、それが如何に綜合の美に富んだ、日本の生活の縮図であるかといふことがわかるのであります。
[#7字下げ]二[#「二」は中見出し]
西洋の生活様式にも、それはそれとしての洗煉された「味ひ」はありますし、殊に、近代文明の発達がもたらした一種快適な雰囲気といふやうなものはなくはありませんけれども、それは主として、物質本位の、個人々々の享楽と安逸を目的とした人工的、技術的な部分の浮きあがつたものです。もちろん、生活の技術といふことは、特に社会的訓練を経た個人生活の規律と、集団を対象とした生産と消費との関係の調整などは、これを彼に学ぶ必要はありませう。
しかし、少くとも家族を単位とした「家」の生活様式は、「家」の伝統がそこに生かされてゐる限り、もはやこれ以上のことは望み得られぬまでに整備完成されたものであり、今後時代の推移と共に、表面的な改革や刷新が行はれようとも根本の基準は聊かも動かしてならぬものと私は信じます。
それほどに、日本の「家」と「生活」とは切離せぬものでありますが、その「家」はまた、日本文化の一つの母胎であり、原動力でありまして、わが家族制度の最も健全な精神と形式は、今日必ずしも一般に受けつが
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