ックで一つの新らしい歴史劇を試みたと云ふものがあります。之は主として歌舞伎俳優に依つて演ぜられ、さうして外の歌舞伎と並んで同時に同じ劇場でやつて居るものであります。然し兎も角も一方に歌舞伎劇と云ふ純粋な其の古典劇を持つて居る。吾々は其の歌舞伎劇自身の魅力には十分陶酔し得るのでありますけれども、併し吾々が舞台に求める歌舞伎が総てのことを与へて呉れないと云ふことに気が付きました。之は歌舞伎劇でも能狂言でも同じでありますが、今日の実際の生活様式は歌舞伎の形式では表現できません、余程違つた芝居の形式が欲しいと云ふ要求が起つた。此要求に対へるものとして第一に起つたのが所謂新派劇。併し此新派劇は今日歌舞伎劇と殆んど並んで東京の大きい劇場の中で実際やつて居りますけれども、併し新派劇と云ふもの、発生の動機を考へて見ますと、矢張り新らしい一つの芝居の革新運動として、芝居を新らしくする運動の為には人的、人の要素が欠けて居つて芸術的な目標と云ふものを十分に立て得なかつた。思想的にも新らしい思想を取り入れなかつた。只だ歌舞伎劇でやられて居る様な手法、技巧に依つて明治以来の新らしくなつた生活を表面的に舞台の上で見せると云ふだけのものでありますからして、今日では此新派劇と云ふものが日本の新らしい芝居を代表するものにはなつてゐませぬ。何方らかと云ふと新派劇は歌舞伎と一緒になつて居る。此新派劇の発生当時の歴史をお話すると興味があると思ひますが、それは新らしい運動が起る時にはどう云ふ文化の部門でも繰返へされることでありますから特に新派劇に就てはお話ししませぬ。此歌舞伎劇と新派劇に対してもつと切実な吾々の本当の生活要求に答える演劇、新らしい時代の演劇と云ふものを作り出さうと云つて起つたものが新劇と云ふものであります。此新劇の運動は元来、欧米の小劇場と云ふものに倣つてそれに刺戟されて起つた。詰り商業主義と云ふものを排斥しそれから卑俗な低劣なものに挑戦する。歌舞伎劇や新派劇の中に既に取入れられて居る卑俗なものに挑戦する。もう一つは文学上の新らしい思想を芝居の中に採入れようとする。歌舞伎劇にしても主として俳優本位の芝居であるが之を戯曲本位の芝居にしよう、それから見物も一般の広い色々な教養の違つた民衆に呼掛けるのでなくて、特別な選ばれた教養を持つた素質の優れた見物に呼掛けようと云ふ目的を似て起つたのが新劇運動であります。此新劇運動も今日まで色々のスローガンを以て起つたものが相踵いで失敗して、全く文字通り苦難の途を辿つて居ります。さうして今日迄の新劇運動を一通り知るには、坪内逍遥と小山内薫の此二人をよく知らなければ解らないのであります。大体小山内氏は元は英吉利文学を専攻した人でありますけれども、主として北欧の芝居、独逸、露西亜の芝居を日本に紹介し、例の仏蘭西の十九世紀末の新劇運動、自由劇場運動に倣つて日本にも自由劇場と云ふ劇壇を拵へました。之は今も生きて居りますが、市川左団次と云ふ俳優と一緒に拵へました。この坪内、小山内両先輩の仕事は色々な障碍で今日跡を残して居りませんけれども、新らしい芝居を作り出さう、現代の日本人の生活が今の舞台の上で見せられるやうな芝居を作り出したいと云ふ要求が、若いゼネレーシヨンの間に燃え上つて居るのであります。今日さう云ふ点に皆さんが気を付けて見て下されば、能狂言或は歌舞伎の世界と違つた一つの演劇世界が日本の現在にあると云ふ事が解り、又さう云ふ世界こそ日本の若いゼネレーシヨンが諸君に見て戴くことを望んでゐる世界だと思ひます。又さう云ふ世界に於てこそ諸君が吾々の仕事に協力して頂けるものだと思ひます。現在この新劇運動を標榜する劇団としては三つの劇団があります。先づ創立の年代順から申しますと、新築地劇団、新協劇団、もう一つ之は私が関係して居りますが、文学座であります。此新築地劇団、新協劇団は小山内薫氏時代に出来た築地小劇場と云ふ小劇場に拠つて仕事をして居ります。茲で特に皆さんの御注意を喚起したいと思ふのは、此新築地劇団及び新協劇団は曾て日本に左翼的な芸術運動が盛でありました時代に、演劇の部門でさう云ふ一つのイデオロギーを以て仕事をしてゐた連中が、今日さう云ふ思想運動が禁ぜられてゐる為に、演劇の上の仕事としては、さう云ふ思想的な傾向は全く持たない劇団でありますが、併し是等の劇団は一種の団体的訓練と云ふものに於て非常に優れて居ります。従つて此劇団の活動はさう云ふ一つの強味を通して全く活溌に一般の社会に働き掛けて行く力を持つて居ります。従つて其処で上演されるものも何等かの意味で思想的であり、社会的であり、同時に野心的であります。最近は新協劇団では島崎藤村の夜明け前と云ふ大作を上演して仲々立派な成績をあげました。又新築地劇団でも綴方教室と云ふ、之は小学校の一少
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