、嫉妬と云ふ心理を取扱ふのです。それから或事件に打突かつて人間が或る覚悟をする。其の決心覚悟と云ふ心理、それから親子の愛憎、もう一つ重要なことは義理の悩み、それから離別の悲しみ、訣れの悲しみ、さう云ふ一つの心理をクライマックスとする劇であります。此能で一番大事なことは面の使ひ方でありまして、其の面がこの能の演劇の中心で重要な地位を占めてゐる。面其のものゝ構造と其の面の使ひ方、先づ能の面と云ふのはどういふ風に造られてゐるかと云ふと、目は何時でも大きく開いて、それから視線と平行に造られて居る。ですから冠つてゐる面の角度を見物の方から変へる毎に、非常に印象的な表情になる。それから唇は閉ぢてもゐなければ開けてもゐない。さう云ふ唇であります。ですからものを言ふ時黙つてゐる時、其の両方に通ずる。詰り何方でも不自然でない様にする。顔面の筋肉は極く必要な部分だけ彫られて細かい皺とか或は凸凹と云ふものは造らない。極く重要な必要の筋肉だけが彫られて居ると云ふことは、それは顔を動かして居る時も、じつと静かにして居る時も、それが両方に通じる様に出来て居る。ですから面の表情と云ふものには何時でも静動の両面がある。云ひかへれば静かに動いて居る。それから明るい相、それから暗い相、両方が何時でも面の使ひ方に依つて示される様に研究されて居る。此面の作者、面師は今日迄能の上で非常に重要な技術者として多くの天才がでて居るのであります。ですから能の面は一つの美術品として尊重されるのであります。仮面劇と云つて面を使つてする芝居は随分世界にありますけれども、面が斯う云ふ風な方法に依つて芝居の中で絶対的な地位を占めて居ると云ふ面は外にはない。それから舞台の上の道具でありますが、能の特色は舞台の上に一杯に道具を飾ると云ふ事はしませぬ。所謂舞台装置と云ふものは非常に単純を極めたもので、其の舞台の装置を補ふには何で補ふかと云ふと主役の型、つまり演伎、それから歌の文句でそれを補つて行く。其処はどう云ふ場所であるかと云ふことを見物に連想させる様に、例へば月を示すには其の月の歌で月を表徴する情景を示す。其の主役は其の月を見仰ぐ表情をする。其の月を見る表情と其の詩歌の文句とが渾然と其処に融け合ふ。山の上や森の上に月が煌々と照つて居る情景が実に髣髴と浮んで居ると云ふのが能の特色であります。能に就ては色々申上げたい事がありますが
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