に於いて、西洋人に劣るといふ迷信に、われわれは陥つてゐる。これは迷信であつて欲しい。なぜなら、日本で僕が見る最も美しい男女は、西洋の最も美しいといはれる男女よりも優つてゐる。少くとも劣つてゐない。ただ、平均点がいかにも低いのは残念だ。しかも、その低さは、人権蹂躙の歴史が齎したものだと、僕はふと感じたことがある。日本人に、いかなる人間が美しいかを教へよ。それが徹底しないと、芝居も映画もよくならぬ。(これは少々脱線か?)
日本の自然は眺めるやうにできてゐる。西洋の自然はそのなかで遊ぶやうにできてゐる。どつちが美しいかわからぬ。そして、どつちが、より「自然」であるか、これは考へものである。
支那とは日清戦争後当然大使を交換すべきであるとは、十数年前から考へてゐた。支那人をもつと尊敬すべし。少くとも彼等に対し優越感を示すといふことは、まつたく国辱である。
西洋崇拝と、西洋のある部分に羨望を感じることとは、別ものであるといふこと。現代日本が住み難いと思ふことと、日本以外の国に住みたいと思ふのとは別ものである。なんでもひとつに片づけてしまはないこと。
仏蘭西人が仏蘭西を、英吉利人が
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