れるといふこと、例へ文化の面だけでも、他国の優越的支配下に置かれるといふことは、ただに民族的自尊心を傷けるのみならず、そこからは、断じて新しい生活が芽を吹かないのである。過つて、敵に正義の名を奪はれても、戦争には負けてはならぬ。少くとも、国家の自由だけは存続させねばならぬ。ここのところ、政治的にはいろいろの方便があらうと思ふが、愈々戦争となつたら理窟はもう通らぬ。お互にお互の生命を守り合ふのが当然だ。そして、これは止むに止まれぬ「愛国的行為」である。
五
僕は、愛国心といふもののうちに、民族的自尊心が含まれてゐることを指摘したが、それは何れも、その現はれ方によつて弱点ともなり、強味ともなること、他の総ての性情的特質と同様である。殊に、愛国心といふ言葉は、今日に於いては、母性愛などといふ言葉と同じく、月並で、空元気で、卑俗な響きを伴ひ易く、従つて、無教養な権力階級並に、これに迎合せんとする大衆の便利な標語として役立ち得る語感に満ちてゐる。森山君が「最初この問題では気が進まなかつた」理由もここにあり、僕も亦、嘗て、「国を憂ふる」といふ言葉ほど気恥かしい言葉はない、と云つ
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