を荒したのであらうと気がついた。この事実を皮肉に考へると、日本の作家は「夢」といふ言葉を用心して使ふ結果、「夢」を書くことまで用心するのであらう。

       一

 僕は日本人であることを恥ぢもしないし、矜りともしてゐない。つまり、これこそ、人間に生れたことと同様、実に運命的であり、偶然であり、誰の力でもどうすることもできないことである。だから、それについて、愚痴もこぼさないかはり、感謝もしてゐないといふ当り前な前提をしておいて――

       二

 日本は世界の他の国に比べて、善いところもあり、悪いところもある。しかし、われわれの祖先並にわれわれが、その善いところ悪いところの一部を生み出し、育ててゐることは争へない。それに対しては、真剣に考へなければならぬと思ふ。ただ、日本は世界の他の国に比べて優れてゐるから、その日本を愛するといふ考へ方には危険なものがある。小学校時代に、われわれは日本の風土気候について、さもそれが世界に類のない恵まれた国のやうに教へられた。ところが、事実は大違ひで、自然の脅威の下でこれほどすくみ上つてゐる国は少いのである。が、それゆゑに、日本に対する愛情がどうもなりはしない。寧ろ今日の僕は、かかる国土をしみじみ痛ましく思ひ、その国土に於いて、戦ひ、生き、しかも自然を愛して来た民族の相貌を懐しむ心が切である。なんでもないことを、優れてゐるやうに思ひ込み、または思ひ込ませ、それによつて自尊心を撫でまわしてゐるやり方は、笑止千万であり、愚劣の骨頂である。
 それと同時に、日本の悪いところを、さも手柄顔に取りたてて、これだから日本は嫌ひだといふのも少し早すぎる。さういふ自分にも、その悪いところがあるのを忘れてゐさうだからである。それから、人間ならどこの国の人間でも有つてゐる弱点のやうなものと、日本人のみが特に、その長所と共に有つてゐる弱点とを区別して、その各々に対する批判と対策を誤らぬやうにせねばならぬと思ふ。しかし、日本を愛するといふ気持は、その美点と欠点とを併せた何物かに対する親しみの感情であるにもせよ、好きになつてはいかぬもの、好きでなくてはならぬものがだんだんはつきりして来ると、われわれの日本は、現在、甚だ魅力に乏しい国であるといふことに気がつき、自分は日本を愛するとは云ひきれぬやうな気がし、さて、こんなことでは困る、どうしたらいい
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