して、演劇革新運動の先駆たる名を恥かしめないやうにして貰ひたいのである。若しも、無名の才能を萌芽のうちに見出して、その成長を助けることが出来なければ。なほ、もう一つの註文は、翻訳劇の模範的演出によつて、二年間を有効に使はうとするならば、少くとも、翻訳劇のあらゆる困難と不備とを研究して、われわれの不満を満たすやうに心がけてほしい。それは、第一に、翻訳の厳正な吟味である。定評なき外国翻訳の重訳を絶対に慎むことである。俳優の演伎中、特に外国人の談話の呼吸、動作、ヂェスチュア、その他、感情意志の間接表示、その細密な研究を積むことである。日本語を話しつゝ、外国人の手真似身振りを、そのまゝ模倣することは、固より愚である。而し、その日本語が既に、日本人の話す日本語そのまゝではないのである。露西亜人には露西亜人の、仏蘭西人には仏蘭西人の「考へ方」「感じ方」「話し方」がある。それまで、適当な翻訳のし方をしなければうそである。僕は、劇作家が、「対話に伴ふ動作」を勘定に入れないで舞台のイメージを創造することはないと思つてゐる。背景、道具、衣裳の或る程度までの「それらしさ」を尊重することである。所謂地方色は芸
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