暖地の冬から山国の春へ
岸田國士
私は今湘南小田原の海岸近くに住んでゐるが、予期した通りの暖かさで、先日の大雪の日も、東京で無理をして品川からやつと電車を拾ひ、日が暮れて小田原の駅を降りると、驚いたことに、うつすらとしか雪の降つた形跡がない。
梅の花も熱海や湯河原より少しおくれるだけで、二月にはいるともう見頃はとうに過ぎて、城跡の公園は朝から霜どけの道に悩まされるくらゐである。
散歩の途中、住宅街の裏通りなどで、植込みのなかに夏蜜柑の黄に色づいたのを見かけると、土地に馴れない私は、つい、季節の錯覚に陥る。
この調子だと、今年は冬を知らずにしまひさうだ。贅沢な文句を言ふやうだが、その代り、たまに東京へ出ると、寒さが身に沁みて、なるほど、これが冬といふものかと、今更らしく感心してゐる。
医者の忠告で、去年の冬から寒い間だけ暖地を転々と歩いてゐるわけだが、かういふ生活にも少々飽きて来た。小田原は仮住居の不自由――例へば必要な書物を手許に揃へておけないこと――を除けば、たいへん住み心地がいゝ。気心の知れた人出入りも楽しみのひとつになつた。
はじめ私が小田原に眼をつけた因縁は、かつ
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