中野重治氏に答ふ
岸田國士

 一、役者が批評家と公然の舞台で議論するやうになることは、特にいいこととも考へられませんが、自分の主張を、役者なるが故に、堂々と発表できないといふ習慣は、勿論、排撃すべきでありませう。
 所謂「人気商売」といふやうな安直なレッテルを貼られ、世間へぺこぺこ頭を下げてみせるやうな役者は、たとへその機会が与へられたとしても、批評家を向ふに廻して敢然と太刀打ができるでせうか。
 ただ「批評家に何を云はれても泣寝入するしかない」のは、強ち役者に限つたことではなく、同時に、自分に対する不当な評価を、平然と黙殺し得る特権も亦、彼等に与へられてゐると思ふのです。舞台の演技、即ち役者の芸なるものくらゐ普遍性をもち、素人にもその魅力がわかり、名の定まるのに棺を覆ふ必要のないものは稀であります。
 但し、現在のやうに「芝居」と「芸術」とが別々の道をゆき、真に芸術家たらんとする少壮俳優たちが、その修業の道程に於て方向を見定めかねてゐる時代に於ては、彼等は進んで「信頼すべき批評家を身近にもつ」工夫をしなければなりません。
 日本新劇倶楽部の事業の一つは、演劇の各部門が一層緊密な関係
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