して脈々たる詩心を感ぜしめた。それだけではない。彼は戯曲の象徴を会得してゐた。
欧羅巴の劇作家は、大概劇作を始める前に一二冊の詩集を公けにしてゐる。日本の劇作家中にその例を求めることは困難である。然るに阪中君は期せずしてその範に傚つた訳なのである。詩集を出したからそれだけで詩人だとはいへないし、詩人は必ずしも名戯曲家たりともいへないが、阪中君はたしかに賢明であつた。詩から戯曲へ……この道は、若い人々によつて、もつと選ばれなければならない道である。
余談はさておき、果して阪中君は、日本有数の劇詩人(実は戯曲家)たり得る資格を示したのである。
なるほど、今日まで、わが劇文壇でいろいろな特質をその作品の上に示した戯曲家は少くないが、事相を通じて描かんとする対象の中に、生命のシンボルをこれくらゐ鮮やかに抽出した作家が幾人あるだらうか。会話のギコチなさや、機智の不足や、性格の混乱やは、今ここで問題にする必要はないだらう。
阪中君は、中村君と対蹠的なものを多くもつてゐる。中村君は都会児であるに反し、阪中君は田舎者である。中村君は疑ひ深く、阪中君は信じ易い。中村君は婉曲な悪戯者であり、阪中君は我武者羅な人情家である。中村君は泣きながら舌を出し、阪中君は怒りながら愛してゐる。
僕はこの二人の芸術家に等しく興味をもつてゐる。そしてその成長を楽しんでゐる。(一九二八・一〇)
底本:「岸田國士全集21」岩波書店
1990(平成2)年7月9日発行
底本の親本:「現代演劇論」白水社
1936(昭和11)年11月20日発行
初出:「悲劇喜劇 創刊号」
1928(昭和3)年10月1日発行
入力:tatsuki
校正:門田裕志
2007年11月14日作成
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