喪服の人形
岸田國士
新劇協会のある稽古の日、伊沢蘭奢は、僕を部屋の一隅に招いて、風呂敷包みをほどきかけた。何を出すのかと思つてゐると、例の少女のやうなはにかみ方で、――「これ、出来損ひですけれど……」とかなんとか云ひながら、僕の手に人形のやうなものを渡したのである。それは、西洋風の喪服を着た女の人形で、彼女の説明を俟つまでもなく、これこそ「チロルの秋」のステラに違ひなかつた、と云ふよりもステラに扮した彼女自身に違ひなかつた。
僕の手にその人形を渡す時、その場にゐる外のものには見せたくないといふ風をしたにはしたのだが、それは、どうでもよかつたのだらう。さういふところにも、「日本娘」伊沢蘭奢の伝統的コケツトリがあつた。それはさうと、僕は、美しい女優から、かういふ贈物を受けて、内心うれしくない筈はない。帰りには、大事に、その人形を抱えて、「チロルの秋」初演の当夜を思ひ浮べてゐた。
処が、悲しいかな、その思ひ出たるや、僕には決して有難いものではなかつた、と云つても、それは決して伊沢蘭奢の罪ではないのであるが、僕はあの舞台の記憶を、彼女の総ての記憶から引離したく思つてゐる。
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