一度愛子さんの心持を訊いてもらつたことがあるんです……。
一寿  ほう、すると……?
田所  むろん、手紙でなんですが、そのお返事つていふのが、まつたく予想外で、僕はそのために、却つて、愛子さんの真意がわからなくなりました。つまり、その文句によりますと、――田所といふ男は、名前も顔も覚えてゐない。従つて、なんらの関心も持つてゐない。何れにせよ、自分はもともと結婚はしないつもりなんだから、その話はこれきり打切つてもらひたい……。
一寿  結婚せんつもりだつていふのかね。へえ、そりや僕も初耳だ。そんなら、君、ほつとき給へな。
田所  いや、結婚するしないは別として、僕の名前も顔も忘れてゐられる道理はないと思ふんです。まる二日、ああして、一緒に顔をつき合はしてゐたんですからね。お宅で一日御厄介になつた挙句、翌日は、みんなで奥多摩へピクニツクをしました。途中、冗談も云ひ合つたり、すつかり仲好しになつたつもりなんです。
一寿  岡田君とごつちやになつてるんぢやないかね?
田所  まあ、しかし、そのことは、一度お目にかかりさへすれば、解決がつくと思ふんですが、今日の様子では、それもむづかしいやうだ
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