…。
愛子  パパ。……
一寿  わかつとる。今、渡すから、ちよつと待つてくれ。この速達が、どうも気になる。田所理吉といふ男は、金輪際、わしの記憶にない。(手紙を開封する)
悦子  あら、覚えてらつしやらない?
愛子  去年の夏、兄さんが連れて来たお友達よ。
一寿  (しばらく黙読してゐるが)ふむ、なるほど、さう書いてある。初郎と一緒の船に乗つてゐたとある。……「御臨終の模様など、詳しくお耳に入れたく、枕頭にあつて、及ばずながら最後まで御世話申上げた同僚の一人として、夙にかくすべき義務を感じてゐた次第であります。なほ初郎君亡き後ではありますが、小生一身上の問題につき、御親父たる貴下の御配慮を煩はしたき儀もあり……≪なんぢや、これは……≫、此度、休暇上陸の機を得ましたのを幸ひ、至急御面接お許し下さるやう願ひあげます。突然参上いたすも如何かと存じますので、予め御都合御漏し下されば幸甚に存じます。住所は表記の処でございますが、念のため電話番号を記しておきます。下谷一七九三。」

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長い沈黙。
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愛子
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