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らく  速達が参りました。
一寿  速達……?(受取つて)Tiens《チヤン》! 誰だらう……。はてな、田所理吉……(娘たちは顔を見合はし、意味ありげに眼くばせをする)
神谷  ぢや、吾輩はこの辺で引上げよう。まあ、お嬢さん方、ごゆつくり……。
一寿  さうかね。スキ焼はまた今度か。
神谷  さうしよう。ボンソアル・モン・ヴイユウ!(手を差出す)
一寿  メ・コンプリマン・ア・マダム。

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一同、神谷を送つて、玄関に出る。
やがて、悦子と愛子とがはいつて来る。
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悦子  タイプが共通ね。
愛子  でも、流石にどつか違ふわ、憎々しいところがあるわ。
悦子  さうか知ら……。おやぢより、もつとおつちよこちよいに見えるけど……?
愛子  さうよ、いいつもりでゐるところがね。
一寿  (はいつて来て)面白い男は面白い男だが、少し調子に乗りすぎとる。ああいふ男が成功するんだから世の中は広いもんだ。世間は広いやうで狭いといふが、その実、狭いやうでゐてやはり、広い……。
愛子  パパ。……
一寿  わかつとる。今、渡すから、ちよつと待つてくれ。この速達が、どうも気になる。田所理吉といふ男は、金輪際、わしの記憶にない。(手紙を開封する)
悦子  あら、覚えてらつしやらない?
愛子  去年の夏、兄さんが連れて来たお友達よ。
一寿  (しばらく黙読してゐるが)ふむ、なるほど、さう書いてある。初郎と一緒の船に乗つてゐたとある。……「御臨終の模様など、詳しくお耳に入れたく、枕頭にあつて、及ばずながら最後まで御世話申上げた同僚の一人として、夙にかくすべき義務を感じてゐた次第であります。なほ初郎君亡き後ではありますが、小生一身上の問題につき、御親父たる貴下の御配慮を煩はしたき儀もあり……≪なんぢや、これは……≫、此度、休暇上陸の機を得ましたのを幸ひ、至急御面接お許し下さるやう願ひあげます。突然参上いたすも如何かと存じますので、予め御都合御漏し下されば幸甚に存じます。住所は表記の処でございますが、念のため電話番号を記しておきます。下谷一七九三。」

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長い沈黙。
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愛子  なんだか変ね。(悦子の方をみる)
悦子  (小声で)知つてるわよ。
一寿  小生一身上の問題か……。御親父たる貴下の御配慮とは、どういふ筋合のもんかな。
悦子  兄さんの代りにお父さんに心配していただかうつていふのよ。
一寿  それはわかつとるが、何を心配しろといふんだ。
愛子  そんな話聞かない方がいいわ。他人のことまで心配してたらきりがなくつてよ。
一寿  去年の夏と……あのうちの一人だな。顔なんかろくに覚えとらんが……。お前たち一緒に何処かへ出掛けたぢやないか。
悦子  ほら、奥多摩へピクニツクよ。
愛子  …………。
悦子  みんな黒かつたわね。だけど……。
一寿  とにかく、会はんわけに行くまい。お前たちも一緒にどうだ。
悦子  兄さんのことで詳しいお話を聞けるには聞けるけど……。さあ……(愛子の顔を見る)
愛子  あたしはどうでも……。その手紙の調子だと、会つても面白くなささうだわ。
悦子  なんだか固苦しい文章ね。尤も兄さんは「奉り候」よ。候文の方が短くつてすむんですつて……。
愛子  さ、この方はパパにお委せして、あたしたち、そろそろ出掛けませうよ。
悦子  ちよつと待つて……。兄さんのことからいろんなこと思ひ出したわ。ああ、なんだか不思議よ。こんなぼうつとした気特にまだなれるのか知ら……。
愛子  いつまでもお若くつて結構ね。
悦子  朝は早いし、夜はねむいし、眼の前には用事ばつかり溜つてるし……。
愛子  遊ぶだけでも忙しいし……。
悦子  さうよ。頭が、前へも後へも働かないつていふ感じね。それが、今晩は……ほんとに久し振りだわ……。嗤はれてもいいから、あたし、少し、しんみりしようつと……。
愛子  これからすんの? よしてよ、後生だから……。
悦子  (父のそばへ行き)ねえ、お父さん、同胞《きやうだい》や親子の間に、何か秘密があるつてことは不幸ぢやない? 秘密つていふと大袈裟だけど、自分だけで苦しまなけりやならないことがあつたら……。
一寿  (眼をつぶつてゐる)どうしてそんなことを云ひ出したんだ。
悦子  どうしてつてことないけど、兄さんのことを、ふつと考へて、親同胞つてもつと近いもんぢやないかつて気がしだしたの。みんなてんでんばらばらでゐすぎたわ。お互に、知らないことが多すぎるわ。うちぢや誰も相談つてことをちつともしないのね。どうして、
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