かにあるわ。いくらだつてみせられる……。さうよ、なぜ拒まなかつたかつて云ふんでせう。ああ、女つて、そんなもんぢやないわ……。(卓子に突つ伏す)

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この時、悦子が忍び足で、入口に現はれ、父の方に眼くばせをして、快げな微笑を送る。一寿は、それに応へる代りに、静かに瞼を閉ぢる。
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悦子  (そつと愛子の肩に手をかけ)大丈夫よ、大丈夫よ、愛子ちやん……。あたしたちが附いてるわよ。長い間、ひとりで苦しかつたでせう。可哀さうに……。そんな秘密をあんたが持つてると判つたら、あたしは、もつともつとあんたを労はらなけりやならなかつたんだわ……。遠くにゐたあんたが、今、急に、こんなにあたしたちの近くへ戻つて来ようなんて……それこそ、夢のやうだわ……。だから、あたし、悲しいのか、うれしいのかわからない……。さうよ、葬らなけりやならない過去は、早く葬つてしまはう……ね。あんた、まだ泣いてるの……?
愛子  (急に顔をあげ)うゝん、泣いてなんかゐない……(その通りである)
悦子  もつと、あたしのそばへ寄りなさいよ。
愛子  ええ、ありがたう……。だけど、あたしたちは、姉さんの云ふやうに、近くなつたなんて、うそだわ。大うそだわ……。
悦子  あら、どうして?
愛子  (冷たく)パパ、あたしは、今日から、この家を出てくわ。なんにも心配しないで頂戴ね。いろんなことが、だんだんわかつて来たからだわ。自分の生活は、お父さんや姉さんのそばにないつてことがわかつたの……。(入口に立つてうしろを振り返り)居所がきまつたら、すぐお知らせするわ……。
一寿  おい……愛子……。

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愛子姿を消す。
悦子は、しばらくそれを見送つてゐるが、ふと、父の眼に涙を発見し、急いで、自分もハンケチを取出す。
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     三

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あるアパートの一室。正面に扉。右手に窓。左手に幕を引いたアルコーヴ。寝台の一端が見える。室の中央に瀬戸火鉢。
前場より二年後の冬、昼近く。
扉をノツクする音。
寝台から、むくむくと起き上つた男は、無精髭を生やした沢一寿である。彼は、扉を開けに行く。奥井らくが立つてゐる。
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