い。僕の前へ立たせてごらんなさい。すぐにお察しがつくと思ひますから。
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一寿は、茫然として一つ時相手の顔を見つめてゐる。が、やがて、起ち上つて、奥にはいりかける。しかし、そのまま、思ひ返して座に戻る。
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一寿 とにかく、いづれ僕から愛子に話してみよう。一旦、君は帰り給へ。さういふわけなら、この間題は僕が預つた。
田所 それはかまひませんが、近いうち、一度愛子さんに会はせていただけるでせうか。
一寿 その必要があればね。双方のために会はん方がいいといふことになれば、つまり、必要がないわけだ。
田所 いいえ、それはあなたの方の御都合できまるわけでせう。僕の方は、どうあつても、愛子さんの口から、一言、はつきりした御返事を聞きたいんです。
一寿 「否《ノー》」といふ返事なら聞くに及ぶまい。
田所 ところが、ただ「否《ノー》」では、僕が承知すまいとおつしやつて下さい。
一寿 承知せんといふのはどういふ意味だね。
田所 満足できないといふ意味です。
一寿 そりや無理だ。どんな約束をしたか知らんが、当人同士の約束だけでは、正式の約束とは云へん。第一、親の僕が、与り知らんといふ法はないぢやないか。
田所 あなたは、一切干渉をなさらない方針ぢやなかつたんですか。
一寿 今はさうだ。しかし、娘がそんな約束ぐらゐに縛られて、身動きができん羽目に落ちてゐるなら、吾輩は、断じて、約束なるものを取消させる。こりや当り前だらう。
田所 今ここで、何を云つても無駄なやうですから、愛子さんにお目にかかれる機会を待ちませう。僕は、話さへわかればいいんです。決して、男らしくない真似はしないつもりです。ただ、いくら世間を識らないお嬢さんでも、自分の行為に責任をもてない筈はありません。相手の面目を潰さないぐらゐのことは心得てゐて欲しい。過去は過去として認めた上で、現在の立場を明かにする方法は、いくらでもあると思ひます。
一寿 過去と云はれるが、それも序に聞いておかう。いつたい二人の関係といふのは、どの程度まで進んでゐたんですか?
田所 それを、はつきり申上げるためには、愛子さんの同意を得なければならないでせう。かまひませんか?
一寿 そいつはかまはんと思ふが……いや、待ち給へ。君にそ
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