のかといふことで、一種分つたやうな分らないやうな気持のまゝでずつと教育を受ける。そこで偉い人物といふのは高位高官、金持、或は世間的に有名な人間といふ風に、新聞に書き立てられるやうな一種の名声とか、権力とか富とかいふやうなものと結びついた、要するに有名になるといつた意味で偉い人物といふものが子供の頭の中に印されて行く。一体さういふものが本当に偉い人物であらうか。それとも、仕事は決して派手ではないが、俯仰天地に恥ぢない生活をする、そして国家社会のために真に必要な仕事に没頭する、さういふ人間を立派な人間と云ふのがいゝのか。この点を教育でもつて、迷ひのないやうにしなければならぬと思ふのです。これが今の教育に於て――それを特に先生の責任であるとか、或は文部省の責任であるとかいふわけではなく、要するに社会全体が人間を作つて行くその作り方の上で、非常にこの点が誤つてゐると思ふのであります。(昭和十六年三月)
底本:「岸田國士全集25」岩波書店
1991(平成3)年8月8日発行
底本の親本:「生活と文化」青山出版社
1941(昭和16)年12月20日
入力:tatsuki
校正:門田裕志
2010年1月20日作成
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