動家も、警視庁も、これを見逃してゐるのである。
浪曲学校とか漫談学校とか、某々雑誌の常軌を逸した広告とか、総理大臣の写真を毎日のやうに新聞に出すこととか、野良犬の銅像を建てるとか、レビユウ・ガアルが女学生の人気を集めるとか、凡そ、国民教育が普及したと称する国に、あり得べからざる卑俗低劣な現象がうようよと湧き出るのを、誰もなんとも云はないではないか?
私が時々宿を取る某ホテルでは、今年の正月、年賀状をよこした。それはいいが、封筒に十枚ほど中味がはいつてゐて、一階、二階、三階といふ風に、各々、その階で働いてゐる男女傭人の名前が刷り込んである。そして、「本年もどうぞよろしく」である。これや一体、なんだ? 忠臣蔵ぢやあるまいし、連判の年始状など、時代後れの資本家気質だと、一笑に附するわけに行かぬと私は思ふ。これは正しく、趣味の問題である。かういふことを思ひつくのは、そして、それを敢行するのはホテル側の悪趣味は固より、それを見て顔をしかめないお華客が存外多いからである。人を人とも思はぬ時代になつたものだ。うつかりしてゐると、それを平気で、われわれは見過ごすやうになるかもしれぬ。いや、既に、さうなりかかつてゐるのである。
さて、ここまで書いてきて、ふと私はひとつの喜劇的主題を思ひついた。これは、正にかのモリエエルの「人間嫌ひ」に匹敵すべき厳粛な主題であると思ふ。(一九三六・四)
底本:「岸田國士全集23」岩波書店
1990(平成2)年12月7日発行
底本の親本:「時・処・人」人文書院
1936(昭和11)年11月15日発行
初出:「文芸 第四巻第四号」
1936(昭和11)年4月1日発行
入力:tatsuki
校正:門田裕志、小林繁雄
2005年2月22日作成
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