走るノート
岸田國士

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 四十年ぶりで、郷里を訪れたいといふ母の望を叶へる好機会である。私は、講演旅行の勧めに応じた。それで、いよいよ出発といふ段取りになつて、家に病人ができ、母は病人を置いて家を明けることを気遣ひ、私もそれは仕方がないこととして、一方、講演の約束を今更破ることもできないので、不本意ながら、まあ、若葉は到るところにあらうといふぐらゐの気持で旅に出た。

 食堂車の窓から、朝の関ヶ原を――あの山の影と茶畑の色彩とを貪りながめながら、私はいい旅をしたと思つた。
 が、ジュネエヴとやらに向ふ総督の一行と、それに何か関係のあるらしい連中が同じ汽車に乗りこんでゐて、政治的といふか、官吏的といふか、一種無作法な騒音が、夜中、屡々私の夢を破つたことは事実だ。浜松あたりであつたか、かの鯛飯を購ふや否やの問題が、潜水艦の噸数比例を決する如く論議された。

 大阪は単色の大都会である。といへば、何を今頃寝とぼけたことを云ふんだ、と思ふ人があるかもしれないが、
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