るが、これなぞは恐らく、日本の学者がどういふところで余計な精力を浪費してゐるかといふ好い例だと云ふのである。
 その通りである。
 かういふ例は無数にあるのであつて、この行き方をおしひろげると、現代日本の文化的弱点がありありとわかるのである。

 日本には立派な文化の歴史があり、今日もなほ、優秀な文化感覚をもつてゐる国民の一つであるが、悲しいかな、一人一人のうちにその感覚が生きてゐず、創造の芽が眠つてゐるのである。従つて過去のある時代に於るやうに、国民の特質が渾然とした一つの大きな力になつてゐないところに、現在のわれわれの弱味があると申してもよろしいのである。
 お医者さんの仕事に例をとつてみる。ある地方で開業してゐるお医者さんで非常に腕もあり信用もあつて、普通ならどう見ても立派なお医者さんで通る人である。しかし、そのお医者さんは、自分のところへ来る患者の脈をとり、薬を与へ、専心その治療に当つてゐるといふだけで満足し、その地方の一般保健衛生の問題には一向無関心なのである。青年の体位が低下しつゝあることも、乳幼児の死亡率が高いことも、結核蔓延の徴があることも、きつと知らない筈はないのに、
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