名作家中に時々見るくらゐなもので、北欧系の人々が考へてゐるほど有力な傾向ではない。この方は、仏蘭西のどの作家から直接影響を受けたのか分らない。仏蘭西にそんな傾向があるのかどうかも分らないが、人々がこれを仏蘭西的であり、南欧的であると呼ぶ理由は、多分これらの作品の多くが軽いスケッチ風のものであり、「力」よりも「香り」を、「深さ」よりも「ニュアンス」を尊び、「人生の苦悶」を苦悶としては取扱はず、寧ろ多分のファンテジイによつてこれを喜劇化し、「社会の冷酷」さを描くよりも、その冷酷さに堪へ得ない人間の自嘲を、又はその冷酷さを憤る人間の泣き笑ひを、理窟抜きに暗示することで満足してゐるからであらうか。この傾向は、一面、信念なき軽薄児の遊戯的人生観とも見られがちである。また、実際さういふものもあるにはある。それは、作家自身の問題である。傾向の罪ではない。或は、南欧人は北欧人よりも軽薄であるといふ見方と、いくらか関係があるのかもしれない。
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北欧系が「思想らしきもの」を重んじ、舞台の「動き」を尊重するに反し、南欧系は「詩」を重んじ、「言葉の効果」に神経を集める。「思想」があれ
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