横]  なにも秘密な話だからつて、そんな時代めいた口調にならなくたつていゝだらう。当節、お前のやうな男は流行《はや》らないよ。まごまごしないで、こつちへおいでよ。
男優E  はい。でも奥様、万一の用心に、私は、この木の蔭にかくれてお話を承りませう。奥様のお声と、鳥の声とは、どうやら聞き分けられさうでございます。(蹲《うづくま》る)
女優A′[#「A′」は縦中横]  当り前ぢやないか。梟と間違へられてたまるもんか。しかし、いざとなると云ひ出しにくいね。お前、大概、察してるだらう。
男優E  察しろといふお許しは、まだ出てをりませんやうに考へますが……。
女優A′[#「A′」は縦中横]  ぢや、許すから、云つてごらん。
男優E  では、恐れながら、申上げます。あの、殿様をひと思ひに……。(はッとして)声が大きうございますか。
女優A′[#「A′」は縦中横]  小さくつて聞えないんだよ。
男優E  あの、わたくしのやうな不束者《ふつゝかもの》でも、奥様の御意に叶ひませば、命に代へて御奉公をいたさうと覚悟いたしてをります。水の中、火の中はおろか、天井裏、床下、さては、お靴下の底でも厭ひません。玉の肌、露の滴、夢は千里を駈けるらん。
女優A′[#「A′」は縦中横]  その志はうれしいけれど、生憎《あいにく》、見当が外《はづ》れてるよ。それはまあそれとして、あたしが頼みたいことといふのは、お前さんは当家の執事なんだから、職務がら、ひとつ、御前《ごぜん》を欺して、見込のない事業か何かに、財産をすつかり注ぎ込まして欲しいの。家屋敷は無論、人手に渡す覚悟で、思ひきり大きくやつておくれよ。あたしは、御前《ごぜん》と二人で、裏長屋に住んでみたいの。
男優E  それで、わたくしは……。
女優A′[#「A′」は縦中横]  帳面でもなんでも誤魔化すさ。あとで困らないやうに刎ねられるだけ刎ねてお置き。あゝ、こんな生活はいやいや。せめて、暑さ寒さが身にこたへ、水一杯、お粥ひと啜りがお腹《なか》にしみるやうな暮しをしてみたい。
男優E  仰せではございますが、これをわたくし、そのまゝ御前《ごぜん》のお耳に入れる所存でございます。御立腹なさいませうな。――怪《け》しからんことを云ふ。よし、すぐにも、あの女、暇を出せ、籍を抜け、裸にして追ひ返せ、かう、例によつて……。
女優A′[#「A′」は縦中横]  
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