前といふきまつた女を手に入れたわけだ。
とね  手に入れたはひどいでせう。
州太  手に入れたはひどいか。そんなら取消さう。
とね  取消さなくつてもいゝわよ。
州太  ぢや、どうしよう。

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州太は晴れやかに笑ひながら、テラスに姿を現す。山鳩がしきりに鳴く。
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とね  (突然、前の方を指さし)あれ、さうでせう。
州太  ほう。自転車の護衛がついてるぜ。
とね  お姫様のお成りですもの。
州太  荷馬車の上でパラソルは洒落てるね。(間)
とね  献さんが大真面目で馬をぶつてるわ。(間)
州太  笑つてやがる。
とね  なんとか合図をしておあげなさいよ。(間)
州太  (聞えないふりをして)なんだ、あの黒い四角な箱は……。(間)
とね  丈が随分高いわね。ちよつと、断髪か知ら……。

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遠くで、「たゞいまあ」といふ快活な女の声。州太は、機械的に走り出ようとするが、思ひ直して、そこに踏み止る。立つても坐つてもゐられないやうな気持を、強ひて抑へてゐる様子がありありと見える。

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