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二葉は手紙を読み続ける。
右手の扉が開き、新井が飛び込んで来る。
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新井  大将はまだ帰りませんか。
二葉  まだらしいわ。何か御用……?
新井  自動車一台ぢや、とても間に合ひませんね。今、一人駅で待つてるんですよ。
二葉  歩いて貰つたつていゝぢやないの、男の人なら……。
新井  印象が違ふでせう。一時間の軽便で、大概の人は、参つてますよ。
二葉  (手紙の上に眼をおとし)そんな人は、来なけれやいゝんだわ。
新井  しかし、大将も今日は有頂天ですよ。今年のうちに一人でも契約者が出来るなんて、考へてもゐなかつたでせう。なにしろ、まだ区劃割も……。
二葉  あんた、さうしてる暇に、お父さんを探してらつしやいよ。さつきの人達を案内してるうち、自動車を駅の方へ廻せばいゝぢやないの。
新井  さうしませう。あとでまた、蓄音機を借りてようござんすか。
二葉  いゝわよ。

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新井が出て行くと、二葉は、また、手紙を読み耽る。
とねが、左手の扉から顔だけ出して、そつと、この様子を見てゐる。
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とね  (やゝあつて)二葉さん、お汁粉をこさへたけれど、あがらない?
二葉  さうね、今いたゞきたくないわ。
とね  (はひつて来て)手紙が来たの?
二葉  (黙つてうなづく)
とね  いゝお便り……?
二葉  (口を尖らしてみせる)
とね  手紙に書いてあることなんか、いちいち気にしちや駄目よ。会へばなんでもないことなんだから……。(間)それぢや、あんたの分はとつとくから、あとでおあがんなさいね、欲しいとき……。
二葉  えゝ、ありがたう。

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とねの姿が奥に消えてから、二葉は手紙を懐にしまふ。
突然、外から、「二葉さん、また来たわよ」といふ女の声。
二葉、窓の外を見る。
やがて、扉が開いて、時田則子(二十八)が汗を拭きながらはひつて来る。
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則子  近道をしようと思つたら、ひどい目にあつたわ。沢の中へ足を踏み込んで、こら、草履が台なしよ、このまゝでいゝか知ら……。
二葉  さうね。
則子  いゝわよ、どうせ
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