が仕合せかつて云はれたら、全く返事に困りますよ。うれしいと思つたことが、実は、不仕合せの種なんですもの。何時でもですよ、これは……。若い時分は、それや、違ひますよ。一度や二度は、あゝ仕合せだと思つたこともあつたでせう……。今ぢや、もう、男のそばにゐるつてことは、結局、障子に凭つかゝつてるやうなもんですよ。
二葉 それぢや、お父さんが可哀想だわ。
とね それで丁度いゝんですよ。あんたには、お父さんのさういふところが、わからないんでせう。また、その筈だわ。
二葉 あたしにわからないとこつて……どんな風なの。教へて頂戴よ。
とね それも、ひと口には云へませんけどね。つまりどつちかつて云へば、冷たいんでせうね。
二葉 そんなか知ら……。
とね ……。
二葉 それぢや、あんたは、不仕合せね。
とね さうとも限りませんよ。もつと不仕合せなことが、いくらだつてあるんですもの。云つてみれば、あたしに相当したところを、神様が探して下すつたんでせうよ。さう思つてますよ、あたしは……。まあ、この話は、これくらゐにしときませう。あとで、蓄音機、聴かせて下さいね。
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上の方から、州太の声で「おい、なにをしてるんだ。早く飯にせんか」
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とね (眼だけで二葉に笑ひかけ)はい、はい……。(大急ぎで去る)
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二葉は、それを見送つた後、一つ時、ぼんやり立つてゐる。
州太が、再び現れる。
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州太 あいつと何を話してたんだい。
二葉 いろんなこと……。
州太 お前なんかと、話は合ふまい。
二葉 ところが、なかなか合ふのよ。
州太 へえ、そいつはどうかしてるね。
二葉 どうもしてないわよ。お父さんこそ、あの方をさういふ眼で御覧になるからいけないのよ。
州太 それはそれとして、飯にしようぢやないか。
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二人は、どつちからともなく歩き出す。
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二葉 (独言のやうに)さうか知ら……ほんとに冷いのか知ら……。
州太 (後ろを振り返り)なにが冷いつて……?
二葉 (突嗟に)山の水よ。
州太 (平然
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