ういふわけで、文学に親しむことは、その人自身の心に「うるほひ」ができるばかりでなく、その周囲にも「うるほひ」を与へ、かつまた、その人の眼には人生の明暗、即ち「人間生活」そのものがまたとなく興味あるものとなり、屡々新鮮な感動の種をそこに発見するのです。
 人心の機微に触れて、しかも法の尊厳を飽くまでも示す裁判が名裁判と称せられるやうに、日本人としての立派な「戦時生活」とは、一方、生産消費の両面に於て、国家の要請に全力をあげて応へると同時に、また一方、精神生活を飽くまでも豊かにし、特に、古風な言ひ方ではありますが、「義理人情」を尊ぶといふことが最も肝要であると信じます。
 一口に「義理人情」と云ひますと、これは偶々封建時代の風習と結びついて考へられることが多いため、或は旧弊とか因襲とかの名で、いくぶん蔑視される傾きがないでもありません。しかし、昔から日本人の「社会生活」を律する一つの掟として、厳しいことはこの上もなく厳しいけれども、またそこに、云ふに云はれぬ「うるほひ」を与へてゐる精神は、実に、この「義理人情」なのであります。
 ところが、この言葉の現す微妙なこゝろは、ちよつとほかの言葉で
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