は、社会の秩序を保ち、人間の品位を高めるものでありますが、それと同時に、「敬」と「愛」とは二にして一なのでありますから、「愛情」そのものの秩序をも規定するひとつの形式とみることができます。
 その意味で、「礼儀」はまた、「生活のうるほひ」に欠くべからざる要求であります。
 極く最近までの一時代を顧みてみますと、「礼儀」を形式にすぎずと云つて軽蔑する傾向がありました。礼儀そのものを排斥したのではありますまいが、礼儀と称せられる昔からの形式を、時代にふさはしくないものとして度外視しようとするところから起つた行過ぎでありませう。
 心に礼あればおのづから形に現れるといふ理窟に間違ひはありません。
 ところが、実際は、形に礼なければ心おのづから礼を失ふ結果になるのであります。
 こゝで一つの例を挙げれば、日本人は非常に含羞《はにかみ》やである、照れ屋である、と私ばかりでなく、多くの人は認めてゐます。昔からさうだつたとすれば、これは国民性、民族性のどこかにその原因があるのですが、ちよつと明確には云へません。多分、自尊心のひとつの現れではないかといふことは、次のことでわかると思ひます。とにかく、現代の日本人は恐しく照れ屋でありまして、殊に、若い人々、わけても教育ありと自他ともに任ずるものほど一般に甚だしいやうです。照れ屋である結果は、なんでもないことを照れ臭がります。殊にそれが目立つのは、人前に出て、いはゆる「改まる」時、人が見てゐる前で、何かをしなければならない時です。
「含羞む」といふことは、子供ならばごく自然で、極端な「人見知り」を除いて、大いに可憐さを増すものでありますし、青年と雖も、ある程度の、そして、素直な「含羞」は、見てゐて決してわるいものではありません。むしろ、それは純真そのものを語るとまで云へるのですが、その「含羞や」が、度を越えて「照れ臭がり」となると、よほど趣きが違つて来ます。
 これはもう性格の歪みと云ふべきものでありまして、その根柢には、蔽ふべからざる自尊心の病的な膨らみが観取されます。そして、照れ臭がる場合の心理のうちには、必ず、自ら「ぎごちなさ」を意識し、その「ぎごちなさ」が、人のせゐではなく、自分に何かが欠けてゐるためだといふことを、おほかたは気づかぬ状態が発見できるのです。
 その「欠けてゐるもの」とは何かと云へば、人と接する技術、つまり、「作法」であります。
「作法」を知らぬ、また知つてゐてもまだ身についてゐないことから生じる中途半端な誤魔化し、それによる思はぬ失態、相手との間の空隙、することが不器用に陥るもどかしさ、それを予め感じれば感じるほど、神経が昂ぶり、頭が乱れ、筋肉が硬ばるのです。
 自然であらうとすればするほど不自然になり、うまく切抜けようとすればするほど、つかへつかへするじれつたさはどうすることもできません。
 そこで、その「ぎごちなさ」を嗤はれないために、またそれを逃れるために、今度は、意識的に、つまり、わざとさうしてゐるのだといふ風に虚勢を張ることになります。もともと「作法」などは眼中になく、まして人の思惑など気にはしないといふところを、言葉や動作で示さうとします。それほどまでにしなくてもと思はれる青年の「無作法」は、屡々かういふところから生れるのであります。
「照れ臭がり」は、それで自分だけはなんとか救はれた気でゐるでせうが、実は、これほど、あたり迷惑なものはなく、世の中を殺風景にするものはありません。一人の照れ臭がりの息子がゐると、家の中はまことに面倒になります。なぜなら、さういふ息子は、不思議なほど親に突つかゝり、弟妹に邪慳な素振りをみせ、愉しくても愉しい顔をしないのであります。
「作法」とは決して、固くるしい行儀や丁寧な言葉使ひだけを指すのではありません。時に応じ処に臨んで、最も適切な、最も円滑な自己表現をなし得る技術なのであります。
 対人的には、それは「礼儀」の様々な形式ともなります。「愛情」の表示にも亦この「作法」に類する形式があることを忘れてはなりません。
 われわれの「生活」は、この「愛情」を感じ合ふといふことがなかつたならばそれは如何に、味気ない、かさかさしたものでありませう。

[#7字下げ]六[#「六」は中見出し]

「生活のうるほひ」は、次に、「趣味」からも生れます。
「趣味」とは、こゝでは最も広い意味に使ひますが、言ひ換へれば、「ものの美しさを味ふこと」であります。昔は「風流」とも「風雅」とも云ひました。この「風流」「風雅」は、いくぶん、閑人の、世間離れのした「遊び」に近いやうなところもありますから、今の時代にはそのまゝ通用しませんけれども、日常の生活のなかに、生活を通じて、人間、自然、物事のそれぞれに、「美しいところ」を発見し、これを味ひ、これに親しむ心を
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