ことです。例へば、髪の毛を乱さず、帯をきちんと結ぶといふやうなことでも、それはもう貞節の堅固さを象徴することになるといふやうな意味があるのです。
「女の嗜み」として、特に大切なことは、どんな場合でも、女の本質を失はないといふこと、言ひ換へれば、女でなければ示されないやうな力を示すことであります。昔は「それは女の出る幕でない」といふやうなことをよく云つたものですが、今でもさういふことがないとは云へません。しかし、それは女の能力や役割を軽くみて云ふのではなく、女に不似合だといふことを云ひたいのだと思ひます。
 ある種の仕事や、行為は、なるほど、今迄は女にふさはしくなく、または、無理だと思はれてゐたものでも、現在は、その必要からと、また、女の欲求からと、自然に、女にもできる、または、女は女なりにそれに向いてゐるといふことがわかつて来ました。
 さういふ時に、やはり、「女のたしなみ」としては、「男のやうに」すべてをやつたのでは、女の本質がどこにあるかわからないことによつて、女自身の強味といふものが発揮されません。「女だてらに、あられもない」といふやうな言葉が、以前とはその内容がよほど違ふにもせ
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