せるとして、私は、それよりもこの「憂欝」が、「青年の夢」と如何なる関係があるかを述べてみます。
「憂欝」とは、文字通り、一種の心理的な不快を指すのですが、その不快は爆発的なものでなく、むしろ内攻性をもつたもので、訴ふるに由なき焦躁の圧縮された気分の重さとでも云ふゞきものです。それは堪へがたい苦悶にまで至ることもありますが、おほかたは、環境の変化によつて明暗の度を異にする程度で、苦《にが》い吐息を交へることもあり、落莫として唇を噛むこともあり、たゞ味気なく、ひとり物思ひにうち沈むこともあります。
「歓楽極つて哀愁多し」とは、青春そのものの花やかな幸福感にもよく当てはまるやうに思はれます。哀愁はこの場合、憂欝の同義語とみるべきでせう。今日の時代は、青年の奔放な生活を許す筈もなく、青年も亦、善悪は別として、さういふ生活を望んでゐないやうにみえますが、もともと、人生の屈託もなく、歌ひたい時には何時でも歌ひ、酒はなくても、酔ひたい時には何にでも酔へるのが青春です。どんな「夢」でも、さう不自然でなく、すべての欲望は満たされない前に、既に十分な甘味としてこれを口に啣《ふく》み得るといふ時代、これは単純に幸福きはまる時代です。
意識するとしないとに拘らず、かゝる幸福感の末端には、一種空虚な寂しさ、名状しがたい憂欝がちらと顔をのぞかせます。
「満ち足りた物足らなさ」といふやうなをかしなものです。それを、青年自身、しばしば「満たされざる」ものと感じるのです。
憂欝はまた、人に語り得ない心の秘密から生じる場合が多く、それは自分を孤独なりと信じる妄想ともなり、また、いはれなき淋しさ、うら悲しさ、遣瀬なさともなります。
しかしながら、ある種の「憂欝」は、憤りの相貌を呈します。不快の真因がわれになく彼にあり、しかも、それが、不正、不純、不義である場合がそれであります。悲憤慷慨と云ひ、憂国慨世と云ひ、いづれも、この種の「憂欝」の露はな表情であります。
[#7字下げ]六[#「六」は中見出し]
青年の美しい「夢」は、いづれに向つても健やかに伸びさせたいものですが、「夢」の進路を遮り、これを土足で荒すものは、非情そのものの現実であります。特に、現実に屈服し、現実と狎れ合ひ、現実の威をかる大人の、事もなげな「夢」の排斥、否定、蔑視は、青年の忍び難いところです。
現実は元来、決して醜いものとも、また悪意のあるものとも断ずることはできませんが、「夢」に逆ふ現実の力は、苛酷であり、圧倒的であります。青年の「夢」は、如何に美しくても、首を横にふる現実の前では、如何ともしがたいのです。かゝる現実との血みどろの闘ひも、本来は、青年の「夢」の筋書には書き込まれてゐなければならないのですが、青年には、悲しいかな、現実の予想され得る挑戦にすら、これに応ずる万全の備へといふものがないのです。
「夢」を夢みることもできず、現実の暴威の前に、一切の勇気と笑ひとを失つた青少年の姿ほど痛ましいものはありませんが、それにも増して、「夢」とも云へぬ小ざかしい「妄想」を心の隅に抱き、ひとたび現実に立ち向つてそれが吹き飛ばされるや、めそめそと泣面をかくやうな手合こそ、世にも憐れな存在と云ふべきであります。かゝる「憂欝」はこゝで論ずる限りではありません。
努めて現実を直視し、しかも、現実の彼方に夢を求めて、青春の血を沸きたゝせることは、その現実の峻厳な批判と抵抗とにひとたびは夢を破られても、決して、ひるむことを知らぬ果敢な精神の発露でなければなりません。
この時、憂欝はむしろ、自己の力の過信と不明とを悔いる反省の鞭のひゞきであり、更にまた、一層強靭な「夢」を養ふ鍛錬の汗の一と時だとすれば、かゝる憂欝は暗色にして必ずしも暗色ならずと云ひ得ませう。
たゞこゝに、救ふべからざる如く見えるひとつの憂欝の原因があります。
それは、青年の胸中に知らず識らず巣喰ふ幻滅の虫です。言ひ換へれば、現実とはかくまでも理想とかけ離れたものかといふ、絶望に似た空虚感であります。
まことに、現実とは理想から遠いものであつて、さうであればこそ、現実と云ひ、理想と云ふのです。然るに、青年の「夢」は、どうかすると、現実を理想化し、理想を現実化することなのです。常識を以てすれば、そこに大きな矛盾があるわけですが、この矛盾は、しかし、信念と情熱との前では、容易に矛盾などといふ冷酷な姿は示さないのです。それにしても、現実は、徐々に、ありのまゝの相貌を青年たちの前に露出しはじめます。それは、青年たちにとつて、あまりにも「醜い姿」と見えるでありませう。それもその筈です。「かくあるべき人生」について、彼等は、長い間懇々と教へられ、しみじみとかゝる「人生」への門出を心に祝つた、その翌日だからであります。
極端に云へば
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