もう「人」の問題で、その人の全人格が仕事を通じて一個の社会的価値を生むからです。そして、仕事を含んだその人の存在が、そのまゝ世の中の光明であり、国の力であるといふ結果になるのです。
 私は一人の立派な青年を識つてゐます。この青年はある山村で郵便配達をしてゐました。最初に私の注意を惹いたのは、その青年の態度でありました。郵便物を家人に渡してゐるその様子に、どことなく非常に良心的なところが見え、言葉つきもはつきりしてゐるうへに、動作が至つて敏活なのであります。機会があつて、私はその青年と親しく口を利いたところ、果して、彼は青年団の幹部にも推され、村の青少年を指導してゐるやうな人物でありました。そして特に私を感動させたのは、彼の抱いてゐる「夢」が実に見事なものであり、その「夢」の実現に向つて日夜奮闘努力してゐることが、素朴で謙遜な表現によつて十分察せられたことです。
 仕事の上では、彼は先づ、郵便を一戸々々に配つて歩くといふことの、温い、人情的な役目をよく理解し、一家の秘密に立ち入らない範囲で、手紙を受け取る人々の喜びや悲しみを自分の喜びや悲しみとするくらゐな気持になつてゐるのです。が、それはそれとして、彼は職務遂行上、最も能率的な方法を研究し、絶えず、新工夫を案出します。郵便物の数が増すことを村の発展としてひそかに歓迎するといふ風です。
 青年団の一員としては、村の青年の団結といふことに先づ心を砕き、修養の第一として、土地の歴史を知る必要があるといふので、国民学校の教師の一人にその研究を依頼し、村の経済を考へて、味噌醤油の協同製造を企てるなどの実践運動に邁進する一方、百年後の○○村といふ、さほど珍しくはありませんが、なかなか綿密な調査の行届いた理想郷の設計案を頭の中で作りあげてゐるのです。
 神社を正面に、郷土先輩の立像と詩碑、学校、体育場、博物館、図書館、動植物園、露天劇場、農産物品評会場、青少年学芸展覧会場などが整然として一廓を成してゐます。村役場を中心として、集会所、倉庫、病院、郵便局、購買組合などの建物がこれまた順序よく並んでゐます。
 新しい開墾地を含めた耕地整理も完成し、植林も計画どほりに進み、貯水池は満々と水をたゝへ、周囲の共同果樹畑と共に、一大公園をなしてゐます。
 部落毎に公衆電話、消防設備、託児所、炊事場、浴場があり、各戸はそれぞれ伝統と風土とを重ん
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