生活のなかゝらは、一億一心などゝいふすがたは断じて生れる筈がありません。路傍ですれ違ふ人々は、見ず知らずの人として、互に冷かな眼を向け合ひ、電車のなかで人が転んでも、手をかして起さうとするものがないのです。
人を見たら敵と思へなどゝいふ教へが、まだどこかに残つてゐるのでありませうか? これがそもそも、今日の日本を少しは暗くしてゐやしないかと思ふのであります。
国家の総力という点からみて、われわれの最も警戒すべき弱点は、恐らく、このへんにありはしないかと思はれます。しかし、これは決して、本質的な日本人の欠陥ではなく、いはゞ、外敵の侵入に脅かされたことのない国民の、暢気さが、日常生活の心構へを知らず識らず不徹底なものにしてしまつたのであります。
われわれの生活が、現在のやうなものである限り、私は、はつきり申していいと思ふのでありますが、今直面してをります国家の危急を立派に切り抜けることは覚つかないと思ひます。日本はどんなことがあつても戦ひに敗れないといふ信念は、信念としては国民ひとしくこれを有つてをりますが、また事実としても、日本人にとつて一番大事なものだけは失はないといふ意味に於て
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